March 28, 2024
・名古屋、岡崎、豊橋で10月23日まで開催
愛知県の名古屋市、岡崎市、豊橋市を主な会場とする国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2016」が10月23日まで開催されている。3年に1度開かれ、3回目となる今回のテーマは「虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅」。芸術監督を務める写真家の港千尋が、芸術祭が開かれる場所を、かつてシルクロードを旅した商人たちが泊った宿「キャラヴァンサライ」に見立てて、「最先端の芸術を求めて人々が集い、未知の旅へと出発していく場として欲しい」という思いを託した。今回は県南東部の豊橋地区が新に加わり、38の国と地域から119組のアーティストが参加している。
過去2回と比較し、中南米や中近東の作家作品が多いことや参加型の作品が増えていることなどが特徴だが、一人の作家が複数の作品を発表し、その仕事を多角的に見られる点にも注目したい。
・大巻伸嗣が3作品を展開
大巻伸嗣は名古屋地区の愛知芸術文化センター、同地区栄会場の損保ジャパン日本興亜名古屋ビル、豊橋地区のPLAT会場で作品を発表。ほかにも、会期中に愛知芸術文化センターと長者町会場を結ぶ自転車タクシー「ベロタクシー」のデザインも手掛けている。
愛知芸術文化センター10階の「Echoes Infinity―永遠と一瞬」は、約20メートル四方の展示室全体を使った今トリエンナーレ中、最大規模の作品。床一面に敷かれた白いフェルトの上に日本画の顔料で世界中から集めた花や鳥などの文様が型を使って振りかけて描かれている。大巻は、「多彩な文化がボーダレスにつながるような空間を実現させた」と言う。初日から10月10日までは床に置かれた敷石の上での鑑賞だったが、11日から作品の上を直接歩くことができるようになった。絵の形が崩れて絵具が混ざり合うことで作品は完成。「人が関わることで新しい時間と空間を作り、輪郭線を失ってイメージに変化することで永遠性を帯びていく」と考えている。
損保ジャパン日本興亜名古屋ビルの「Liminal Air–黒の深度」は、柔らかい布が風で浮遊するシリーズの最新作。2012年の神奈川・箱根町の彫刻の森美術館での個展や2015年の東京・六本木の森美術館での「シンプルなかたち」展では、窓からの光を取り込んだ展示だったが、今回は光を遮断した暗闇の中で黒い布が漂う作品となっている。目をこらしてわずかに見え隠れする布を見つめ、静けさの中でゆっくりと流れる時間を感じる。「目には見えない色を皮膚の裏側で感じるような体験をしてほしい」と言う。
豊橋のPLAT会場では「重力と恩寵」を発表。「伝統的な柄や世界の文字や地図、人間が進化していく過程」などが透かし彫りされた壷型の立体の中を特殊なライトが上下に移動し「今見えているものが光に満たされて見えなくなっていく」。大巻は、「『Echoes Infinity―永遠と一瞬』では光で色を見せ、『Liminal Air–黒の深度』では光が生れていくような闇の場所を作り、『重力と恩寵』で光と闇が交わっていく展開を示した」と話している。
・久門剛史が「人生のターニングポイント」をテーマに4つの部屋で
豊橋の駅前大通に面した開発ビル5階では、久門剛史が4室を使ってインスタレーションを展開。久門は、「最近、自分の人生を考えることが多くなった。京都生まれの京都育ちだが、2013年まで東京に約7年住み、2011年の東日本大震災の時は東京にいた。それが人生のターニングポイントになった。それまで会社務めをしていて、震災が起きた時に自分の人生、どうなるんだろうということをリアルに考えて、その頃から作品を制作し始めた。今回の作品もその延長で作っている」と話す。
第1室は月の満ち欠けを体感するような作品で迎えられる。1分間に1回転する丸い鏡にスポットライトが反射して壁に投影される仕組み。その奥にはいくつもの鏡の時計にライトが反射して天井に光を放ち、秒針の音とともに幻想的な雰囲気を醸し出す作品がある。
「淡々と存在する世界がある一方で、月と地球のような別の世界があることを作品にしようとした。地球人が月を身近なものに感じているのは凄く面白いことで、月にうさぎがいるように見えたり、身近なものになぞらえることは人間の持つ本質的な創造性を示していて、素敵なことだと思う。宇宙に対しての人類のアプローチや創造性に、美術家としてどのように近づいていけるかを最近考えている」という。
第2室と3室では巨大な月のような円形の光の中に自らの影が揺れながら写る。「人生のターニングポイントの2つ目の展示で、右に行ったら良いか、左にいくべきか、迷っていることを作品にした」。
そこを通り抜けた第4室は窓からの日とライトの光とを受けた白いカーテンの間を通り抜けていく作品。「次のステージにポジティブに向かう意味をこめた。窓や窓枠、カーテンが内側と外側を仕切るための壁になり、向こうから来る風に対してこちらから光でアプローチしていく。見えているのか、いないのかがかわからないようなことを最終的に表現したいと思った」という。
作品を制作する根底には次のような思いがある。
「ぼんやりと家で寝転がって台所で水滴が落ちている音を聞きながら昔のことを思い出したり、ポジティブなことを考えたりしている時に、雑音がガーっと大きくなるようにテレビから急に勝って欲しくなかった政党が勝ったというニュースが流れてきて日本はどうなるのだろうというようなことを考えた。個人単位ではどうにもならない力があり、震災のような災害や社会の権力に対して美術家として、個人として太刀打ちできるのか。どんなに大きく社会情勢が変わっても、これがきれいだと思っている背中や、ぶれない心を美術家として見せていきたい」。
各地で開催される国際展などでは土地柄を反映させる作品を期待されることも多いが、久門は「2、3週間のリサーチで作品を作るのはちょっと違うなと思った。人生のターニングポイントについて考えていることが、あいちトリエンナーレ全体の旅というテーマにオーバーラップすると思ったので、自分がやりたいと思っていることをこの空間で表現した」という。
・被爆の過去と現在、戦跡を伝える岡部昌生
岡部昌生も3つの会場で作品を発表。愛知芸術文化センターでは広島の原爆投下を生き延びた被爆樹と、福島第一原発で汚染された森の木、除染のために伐採されたある集落のご神木や屋敷林「イグネ」の切り株のフロッタージュを展示した。「イグネは防風林であると同時に周囲との境界線でもあり、子供が旅立つ時に資金にする財産でもあったが被曝で除染のために伐採しなければならなくなりすべてが失われた」。岡部はある屋敷で伐採された160本の樹木の切断面をフロッタージュし続け、将来は曼荼羅として構成したいと考えている。「広島の過去を忘れず、また思わぬ形で新たに誕生してしまった福島の被曝樹を見つめることで現在進行形の状況にある福島のことを伝えたい」という思いが込められている。
また、名古屋市美術館では沖縄の伊江島の建物に残る砲撃跡を題材にした作品を展示。「広島の作品を制作しながら、沖縄に踏み出すことがなかなかできなかったが、背中を押してくれたのが今回のトリエンナーレ。美術家として、戦跡を残すものを残していきたい」という。
豊橋の開発ビルでは、豊橋と長野を結ぶ飯田線の戦時中の国策にまつわる歴史をトンネルの壁を写し取った作品を発表している。
・複数会場で発表する田島秀彦、ジョアン・モデ
田島秀彦も2か所で作品を展開。岡崎の江戸時代後期の商家・石原邸でのインスタレーション「窓から風景へ」は、座敷に異国風のタイルが置かれ、その前に座って正面の色のついたガラス越しに庭を見る作品。江戸時代と現代の風景が溶け合い、時空を超えた旅をするかのようだ。田島は愛知芸術文化センター11階の回廊では、色のついた窓ガラスのある部屋で夢の中にいるような空間を生み出した「6つの余地と交換可能な風景」を発表。2つの作品を見ることで色彩の力と可能性をより強く感じることができる。
また、ブラジルのアーティスト、ジョアン・モデの作品で、色とりどりの糸を自由に結んで作品を“育てる“一般参加型の作品「Net Project」が、名古屋市美術館、岡崎の籠田公園、豊橋のPLATで展開。設楽町、大府市、一宮市、安城市でも、会期限定で行われ、すべてのネットが10月17日から愛知芸術文化センター2階デッキ部分に結集する。
多くの作品を巡る旅も良いが、作家を深く知る旅として出掛けてみるのも良いだろう。
執筆:西澤美子
あいちトリエンナーレ2016
虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅
8月11日(木)~10月23日(日)
●主な会場
名古屋地区/愛知芸術文化センター、名古屋市美術館、長者町会場、栄会場、名古屋駅会場
岡崎地区/東岡崎会場、康生会場、六供会場
豊橋地区/PLAT会場、水上ビル会場、豊橋駅前大通会場
※休館日、開館時間などは各施設により異なるので下記ウェブなどで確認を
●チケット
現代美術
普通チケット 一般1800円、大学生1300円、高校生700円
フリーパス 一般3600円、大学生2500円、高校生1200円
※フリーパスは期間中、国際展のすべての会場に何度でも入場可能
※中学生以下は無料
※舞台美術(プロデュースオペラ、パフォーミングアーツ)は別途チケットが必要
あいちトリエンナーレ実行委員会事務局
名古屋市東区東桜1-13-2愛知芸術文化センター内
☎052‐971-6111
https://aichitriennale.jp/
写真キャプション
① 大巻伸嗣「Echoes Infinity―永遠と一瞬」(名古屋・愛知芸術文化センター)
② 大巻伸嗣「重力と恩寵」(豊橋・PLAT会場 穂の国とよはし芸術劇場PLAT)
③ 大巻デザインのベロタクシー
④ 久門剛史「PAUSE」第1室(豊橋・豊橋駅前大通会場 開発ビル)
⑤ 久門剛史「PAUSE」第2、3室(豊橋・豊橋駅前大通会場 開発ビル)
⑥ 久門剛史「PAUSE」第4室(豊橋・豊橋駅前大通会場 開発ビル)
⑦ 岡部昌生「被爆樹/被曝樹」(名古屋・愛知芸術文化センター)
⑧ 岡部昌生と作品「被弾痕のある公益質屋遺構 沖縄 伊江島1929/1945」〈左〉、
「公益質屋遺構 貫かれた内部壁面の被弾痕-1 沖縄 伊江島」〈中央上〉、
「公益質屋遺構 貫かれた内部壁面の被弾痕-2 沖縄 伊江島」〈下〉(名古屋・名古屋市美術館)
⑨ 「夏焼隧道/川村カ子ト測量隊/飯田線」(豊橋・豊橋駅前大通会場 開発ビル)
⑩ 田島秀彦「窓から風景へ」(岡崎・六供会場 石原邸)
⑪ 田島秀彦「6つの余地と交換可能な風景」(名古屋・愛知芸術文化センター)
⑫ ジョアン・モデ「Net Project」(名古屋・名古屋市美術館)
⑬ ジョアン・モデ「Net Project」(豊橋・PLAT会場 穂の国とよはし芸術劇場PLAT)