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特別展「禅 ―心をかたちに―」

禅とは「心」。自分の心を見直す契機にも。意外な禅の文化の多様性。

  鎌倉時代から江戸時代にかけての禅の歴史や、禅がもたらした文化を紹介する展覧会「臨済禅師1150年 白隠禅師250年遠諱忌記念 特別展 禅―心をかたちに」が、東京・上野の東京国立博物館で開催中だ(11月27日まで)。臨済宗・黄檗宗の各本山が所蔵する高僧の肖像や墨蹟、彫刻、仏像、絵画、工芸、茶道具など、国宝22件、重要文化財100件余を含む至宝を展示。最大規模の禅の展覧会である。(※会期中、展示替えあり)

  ■展覧会構成  
  展覧会構成は、次の五つの章から成る。
  第1章 禅宗の成立/第2章 臨済禅の導入と展開/第3章 戦国武将と近世の高僧/第4章 禅の仏たち/第5章 禅文化の広がり

  ■禅の初祖、達磨
  東京展会場に入ると、最初に縦が約2m、横1m強の大画面に描かれた巨大な達磨の顔に向き合う。江戸時代、禅を庶民にまで広めた臨済宗の僧である白隠慧鶴(1685~1768)の代表作、《達磨像》(江戸時代 18世紀、大分・萬壽寺)だ。斜め上を睨む大きな目玉。豪快な筆の勢い。墨線と衣の朱色の対比。抜群の迫力である。顔面に淡彩で朱が施され、温かみも感じる。禅の教えは釈迦に始まるが、宗派としての禅宗は6世紀初めにインドから中国に渡来した達磨大師が成立したとされる。

  ●達磨の教え:「不立文字」「教外別伝」「直指人心」「見性成仏」 白隠慧鶴筆《達磨像》の左上には、蝋引きの手法による白抜き文字で「直指人心」「見性成仏」(じきしにんしん、けんしょうじょうぶつ)と書かれている。これは達磨の教えの根本であり、「まっすぐに自分の心を見つめなさい。仏になろうとするのではなく、本来自分に備わっている仏性に目覚めなさい」の意。達磨の挙げた禅の標語としてはこの他、「不立文字」(ふりゅうもんじ)、「教外別伝」(きょうげべつでん)も有名だ。禅の教えは言葉や文字によらず、経典によることもなく、を意味する。禅宗は特定の経典をもたない。つまり禅の教えは、師と弟子との直接的な関わりのなかで心から心へ受け継がれた。よって禅寺には実在の禅僧の肖像(頂相)や肖像彫刻、墨蹟などが多く遺され、本展にも多数出品される。禅宗では頂相付与は弟子が師の法を継承する証だった。禅の教えを伝える絵画作品も数多く観ることができる。

  ■禅とは。禅宗とは。
  さて、禅とは何か。禅とは「人の心そのもの」とのことだ。釈迦が悟りをひらいたときに「一切の衆生、悉(ことごと)く如来の智慧徳相を具有す」と示した。つまり禅とは、一人一人の心にもとから平等に備わっている仏のような心のこと。そして禅宗とは、そのことを自覚するための宗派である。坐禅が修行の中心に置かれる。禅宗とは、ごくわかりやすく大きくいうと、人生を生きやすくするものともいえるようだ。

  6世紀に達磨大師がインドから中国へ伝えたとされる禅宗は、中国の唐時代に臨済義玄(?~866)が中国で広めた。日本には鎌倉から南北朝時代に臨済宗が導入され、新文化である宋・元の美術・工芸や茶なども伝わる。初めて日本に臨済宗を伝えたのは明庵栄西(1141~1215)で、茶種も請来したとされる。武家や天皇・貴族の帰依を受けた禅宗は、禅僧がブレーンとなり、禅宗は日本の社会と文化に大きな影響を及ぼす。江戸時代になると明末の中国文化とともに黄檗宗が伝わる。臨済僧の白隠慧鶴や僊厓義梵(1750~1837)が親しみやすい禅画を描き、民衆にも普及。なお、日本の禅宗は曹洞宗・臨済宗・黄檗宗を指す。

  ■祖師と高僧
  ●禅の二祖、慧可 雪舟等揚(1420~1506?)の筆による国宝《慧可断臂図》(室町時代 1496年、愛知・齊年寺)(※11月8日より展示)は、岩窟で坐禅をする達磨と、弟子入りの強い意志を示すべく自分の左腕を切り落とし入門を許されたという神光(のちの慧可)を描く。筆の使い分けと明快な構図、画面に漂う緊張感が印象深い、雪舟晩年の名品だ。白隠慧鶴も《慧可断臂図》(江戸時代 18世紀、大分・見星寺)(※11月8日より展示)を描いているが、左腕を切る前の瞬間である。

  ●禅の宗祖、臨済義玄 中国で禅宗を広めた宗祖・臨済義玄の肖像も複数出品される。「喝」で始まる一休宗純の賛、伝曾我蛇足筆の重要文化財《臨済義玄肖像》(室町時代 15世紀、京都・真珠庵)(11月6日までの展示)を初め、眼光鋭く厳しい表情のものが多い。

  ●建長寺の開祖、蘭渓道隆 蘭渓道隆(1213~78)は、中国から自分の意志で1246年に日本に渡り、鎌倉執権北条時頼が創建した鎌倉五山第一位建長寺の開祖となった。重要文化財《蘭渓道隆坐像》(鎌倉時代 13世紀、神奈川・建長寺)は、その肖像彫刻だ。2年にわたる保存修理を経て出品。江戸時代に覆ったとされる漆を剥がすと、内面をも表す驚くべき写実性の優れた鎌倉時代彫刻が現れたのだ。見応えがある。通常は同寺開山堂に安置され、拝観できない。なお、高僧の肖像画や肖像彫刻坐像は、脱いだ履物も必ず一緒に描かれたり置かれるのが定式のようだが、筆者としては興味深く、気になる。

  ●一休宗純 日本の禅僧の中で最も有名ともいえるのは、一休宗純(1394~1481)だろうか。その複数の肖像画や、使用していたという小さな尺八の《一節切》(伝一休宗純所用。室町時代 15世紀、京都・酬恩庵)も出品。一休の墨蹟代表作である重要文化財《一休宗純墨蹟のうち 七仏通戒偈》(室町時代 15世紀、京都・真珠庵)(※11月8日より展示)は先が割れた竹で書いたように鋭い筆致だ。一休は臨済宗大徳寺派の華叟宗曇の法を嗣いで、京都の酬恩庵を再興。当時の禅宗界の腐敗と堕落を批判した。

  ■禅の教えを伝える絵画の例
  ●十牛図巻 伝周文筆《十牛図巻》(室町時代 15世紀、京都・相国寺)は、直径14cm弱の円が十つ並び、円内に少年が牛探しをする10場面が描かれる。「直指人心」と、禅の悟りへの厳しい道のりを表しているという。牛の足跡を見つけ、鳴き声を聞き、牛を見つけ、ならしていく。が、突如として「空」となる。八番目は空白だ。次は樹木と水流の風景。そして最後が悟りのあとの場面。正円の並びと、繊細で清らかな筆使いが心に残る。

  ●瓢鮎図 国宝の大巧如拙筆《瓢鮎図》(室町時代 15世紀、京都・退蔵院)(※11月8日より展示)は、不思議な作品だ。画面の上半分を大岳周崇等三十一僧の賛が占め、下半分に瓢箪を持った男が川を泳ぐ鯰らしきものを捕ろうとしている。本作は、「丸くすべすべした瓢箪で、ねばねばした鮎(本来はナマズの意)をおさえ捕ることができるか」という新主題を、将軍足利義持が僧である如拙に新様式で描かせ、五山の僧たちにも詩を詠ませたもの。そして、「心で心を捕えることができない」を表すという。典雅な画趣をもつ。

  ■障壁画 :厳粛な水墨画も豪華な濃彩画も
禅寺には方丈という一丈(約3m)四方の部屋があり、仏像や祖師像が置かれ、やがて障壁画が描かれた。本展ではそれら巨大な画面の絵画の名作も数多く紹介する。禅宗は、わび・さびのイメージが強かったが、豪華絢爛な障壁画にも目が開かれる思いがした。

  長谷川等伯の水墨画である重要文化財の《竹林猿猴図屏風》(安土桃山時代 16世紀、京都・相国寺)(※11月8日より展示)は、牧谿の作品を基に描いたのだが、変化させて、柔らかい家族の愛情を打ち出している。狩野探幽筆の重要文化財《南禅寺本坊小方丈障壁画のうち 群虎図》(江戸時代 17世紀、京都・南禅寺)や、狩野山楽筆の重要文化財《龍虎図屏風》(安土桃山~江戸時代、京都・妙心寺)(※11月8日より展示)は濃彩で豪壮。また、池大雅筆の重要文化財《萬福寺東方丈障壁画にうち 五百羅漢図》(江戸時代 1772年頃、京都・萬福寺)も面白い。筆ではなく、指先や爪、手の腹などで描かれた指頭画だ。近づいて見てみたい。

  本展では戦国大名と禅僧の関係、茶人である織田有楽斎の活躍、茶道具なども紹介されていて、興味が尽きない。禅は鈴木大拙(1870~1966)の研究と英文著作などにより、現在は世界中にZENとして広がり、海外にも信奉者も多い。また、アーティストの村上隆(1962~)による五百羅漢図の傑作に見られるように現代アートとも密接につながる。筆者は当たり前のように禅という言葉を見聞きしていたが、本展によって「日本の禅」について初めて知ることが多かった。禅は実践でもあるので、禅トークなどのイベントにも宜しければご参加ください。また、11月8日より1階ラウンジにて、アーティスト集団のチームラボによる「円相 無限相」が世界に先駆け公開されている。円相は古来、禅僧が弟子を指導するために用いたものだ。本展と共にお楽しみください。なお、東京国立博物館の本館特別第5室では、特別展「平安の秘仏―滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」展を開催中(12月11日まで)。天台宗櫟野寺の平安時代の仏像群を展示する。本展との比較も面白いだろう。


【参考文献】
1)京都国立博物館・東京国立博物館・日本経済新聞社文化事業部 編集:『臨済禅師1150年 白隠禅師250年遠諱記念 禅 ―心をかたちに―』(展覧会図録)、日本経済新聞社 発行、2016年。

執筆:細川 いづみ (HOSOKAWA Fonte Idumi) 
(2016年11月)


※会場風景の画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。

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写真1 東京展会場風景。白隠慧鶴筆《達磨像》、
江戸時代 18世紀、大分・萬壽寺。
(撮影:I.HOSOKAWA)

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写真2 東京展会場風景。重要文化財《蘭渓道隆坐像》、
鎌倉時代 13世紀、神奈川・建長寺。
(撮影:I.HOSOKAWA)

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写真3 東京展会場風景。伝牧谿筆、重要文化財《龍虎図》、
中国・南宋時代 13世紀、京都・大徳寺。
(撮影:I.HOSOKAWA)(※11月6日までの展示)

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写真4 東京展会場風景。長谷川等伯筆、重要文化財《天授庵方丈障壁画のうち 祖師図》、
安土桃山時代 1602年、京都・天授庵。
(撮影:I.HOSOKAWA)(※この面は11月6日までの展示)

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写真5 東京展会場風景。狩野探幽筆、重要文化財《《南禅寺本坊小方丈障壁画のうち 群虎図》、
江戸時代 17世紀、京都・南禅寺。
(撮影:I.HOSOKAWA)(※この面は11月6日までの展示)

【展覧会正式名称】
臨済禅師1150年 白隠禅師250年遠諱記念 特別展 禅 ―心をかたちに―
【展覧会欧文表記】The Art of ZEN From Mind to Form 
【会期・会場】
京都展 2016年4月12日~5月22日 京都国立博物館 平成知新館
東京展 2016年10月18日~11月27日 東京国立博物館 平成館
[電話]03-5777-8600(ハローダイヤル) [詳細]http://zen.exhn.jp

※本文・図版とも無断引用・無断転載を禁じます。


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