芸術広場|Office I Ikegami blog

増山たづ子 すべて写真になる日まで

消えてしまう故郷を撮る。
好評の写真展、7月末まで会期延長。

   美術館での写真展とすれば、かなり珍しい風景だ。日付入りのサービスサイズ紙焼き写真が並んでいる。しかしながら、作品一点一点を作者の短いコメントとともにたどるうち、他の写真展では味わったことのないような感銘を受けた。清らかな明るさをもつ写真群から放たれるメッセージが、静かに強く響く。

   村の運動会の写真がいくつかある。森に囲まれた運動場に「徳山村民体育会」と書かれた手づくりの門。たくさんの万国旗がはためく。普段の服装に鉢巻を締めスタートラインに並んだ村の女性たちが、合図とともにいっせいに走り出す。実はこれらは、増山たづ子さんが初めて撮った写真である。

   増山たづ子(1917~2006)は、岐阜県徳山村に生まれ育った。徳山村は、岐阜県の北西の端、福井県との県境で滋賀県とも近い山奥にあり、揖斐川の上流に位置する。豪雪地帯で厳しい自然環境だが、四季折々に自然はその美しい表情を見せる。8つの集落の約500戸、1500人からなる徳山村では、互いに助け合いながら、みなで季節ごとの行事を楽しみながら暮らしてきた。たづ子さんは結婚して二人の子をもつ。同村出身の夫は第二次世界大戦でのビルマ・インパール作戦に動員され行方不明となり、彼女は戦後、農業のかたわら民宿を営み子どもを育ててきた。

   1957年頃、この村にダム計画がもちあがる。それが本格化するのが1977年。日本一大きなダムができて徳山村はダムの底に沈むという。このとき、大正6年生まれのたづ子さんは60歳だった。何をしたか? 彼女はカメラを初めて購入し、その愛機ピッカリコニカで大切な自分の故郷を撮影し始めたのだ。当初はフィルムの入れ方も知らなかった。猛然と徳山村を歩き回って撮影してゆく。その最初が村の運動会だった。

   写真には村のさまざまな情景がおさめられている。山の分校の写真がある。窓から子どもたちが手を振る。緑の屋根・白の窓枠の木造校舎をバックに、雪道で先生と生徒、職員の人たちも集まっての記念撮影。夏に川で水遊びをする子どもたちの写真もある。先生の手につかまって、こわごわ川を歩く小さい子。思いきりはしゃぐ子。「カメラばあちゃん」に気が付いた子はポーズをとってくれた。山間の緑の田んぼで一生懸命に田植えをする女性たちの写真もいい。一人が立ち上がってこちらを振り向いて少し苦笑い。「一枚写させと言ったら、『こんがいとこーな、まっと美しいベェ(着物)を着たところが良いのに』と言った。とわ子さんは徳山美人。」との撮影者のコメントが付く。また、川岸に立つ楢の老木「友だちの木」も印象深い。たづ子さんがいつも話し相手にしていた大樹である。

   「これで、ミナシマイ(最後)」と思いながら、涙で曇る目でシャッターを切り、徳山村をすみずみまで撮影していったという。村の人たちを一人残らずカメラにおさめていったそうだ。その写真に共通して見えるのは、たづ子さんの故郷への愛情と、彼女と村の人々との強い信頼関係だ。

   ダム問題では村内で意見の対立も起こった。そしていよいよトラクターが入ってきて、村は取り壊されていく。この「徳山村のお葬式」をたづ子さんは1985年に離村したあとも、1987年の廃村後も撮り続ける。その後2000年に徳山ダムは本体工事をスタート。2006年9月に旧徳山村は水没し、2008年にダムが完成した。

   たづ子さんは、故郷が水没する半年前の2006年3月に88歳の生涯を閉じた。徳山村を撮影した約10万カットのネガフィルムと600冊のアルバムを残し、同時に日常の会話、民謡、行事の様子、鳥や動物の声などの村の音を50本のテープに録音していた。

   消えてしまう故郷を記録するために、増山たづ子さんは必死で写真を撮った。もう徳山村は存在しない。残された写真は、在りし日の徳山村を再現し、故郷を失う人々の苦悩を伝え、国策と人々の幸福のはざまをどう考えるかという問題を提示する。本展では写真というものの原点に触れたように思った。会場では、写真に加えて、押し花も展示され、録音された村の音も聴くことができる。

   なお、会場のIZU PHOTO MUSEUMは、静岡県のクレマチスの丘にあり、現代美術家の杉本博司氏が内装と坪庭を設計した写真美術館。三島駅からバスだと25分ほど。広大なクレマチスの丘には、庭園と4つの美術館・文学館があり、一日ゆっくり楽しめる。

   本写真展は好評のため、当初3月2日までの会期が7月26日まで延期された。
   多くの方々に是非ご覧いただきたい。

執筆:HOSOKAWA Fonte Idumi 
(2014年6月)

2014_06_05

IZU PHOTO MUSEUMの会場入り口手前。(©I.HOSOKAWA)

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【展覧会英文タイトル】Tazuko Masuyama: Until Everything Becomes a Photograph
【会期】2013年10月6日~2014年7月27日 
【会場】IZU PHOTO MUSEUM
          (静岡県長泉町東野クレマチスの丘(スルガ平)347-1)
【電話】055-989-8780
【詳細】http://www.izuphoto-museum.jp/
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※本文・写真図版とも無断引用を禁じます。


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