January 12, 2026
●佐野陽一と富岡直子の作品がエントランス、図書室などに
明治の文豪、森鷗外の旧居跡に建つ、東京・文京区の森鷗外記念館で現代美術作品を展示する「森鷗外記念館で現代アート!」が開かれている。
森鷗外の仕事や作品を現代的価値や意味につなげる試みとして、記念館のエントランスや図書室などの無料ゾーンで開催される企画で、今年で3回目となる。ディレクションは美術評論家の倉林靖。出品作家は写真の佐野陽一と絵画の富岡直子。テーマは「『刹那』よ『止まれ、お前はいかにも美しいから』」。1913年に刊行された鷗外訳のゲーテ『ファウスト』の中のセリフを引用している。
10月3日に開かれたオープニングレセプションで、倉林はこの言葉を「瞬間の美しさだけではなく、経験や内面から滲み出るものが加わり、新たな光を発して外へ出ていこうとする美しさを表しているのではないか」と考え、「佐野と富岡の作品がどちらも光をとらえ、それが内面からの光とともに作品に反映されていると感じ、選んだ」と話した。「現代アートにはいろいろあるが、美しくない作品も多い。2人の作品を展示して改めて美しいと感じた。精神の癒しという意味からも鷗外の美学と結びつくのではないか」という。
●ピンホール・カメラで水辺の光をとらえる
佐野陽一は「世界を知覚する手掛かりとしての写真」をテーマにピンホール・カメラの手法で作品を制作している。「作品を作る時の手順や手数を省いていきたいと思っていた学生時代にピンホール・カメラに出合い可能性を感じた」という。
今展では、建物の中に誘うかのようにエントランス正面に《flow》2点と《reservoir》の計3点が壁に立て掛けて展示されている。いずれも水辺をモチーフにした作品だ。佐野は「水のあるところには光の反射が生まれる。写真は光がないと生まれないので、光が核となっている。主観や個性を反映させるのではなく、写真という手法自体が持っているものをそのまま提示することで面白い表現ができるのではないか」と考えている。
作品は自ら選択した。1階エントランスの3点のうち、中央に展示されている《flow》は10年前の個展で発表した作品だが、倉林からテーマとなるタイトルを聞いた時に「今回のために作った気がした。もともと写真は瞬間を切り取る表現だと思うが、切り取られた時間は過去にも未来にもどこにも属さない。そうしたことが初めて生きた」という。両脇の作品は、川沿いの木を下から見て、葉が逆光で太陽にすけている状態をとらえた。
図書室には、分厚いアクリルでマウントして自立する立体的な《vessel》シリーズを展観。階段の踊り場や廊下などにも水辺や木々を被写体とした作品など全体で16点を出品している。
佐野は1970年東京都生まれ。東京造形大学造形学部研究生修了。2004年から05年まで文化庁新進芸術家国内研修員。東京芸術大学美術学部先端芸術表現科非常勤講師。
●絵画に光=希望を求めて
富岡直子は光を捉え、観るものを包み込むような絵画作品を制作している。
本展ではカフェや図書室前の廊下に《resonance-Ⅰ》《resonance-Ⅱ》のアクリル画や、ドローイングなど16点を展示。ドローイングは今回が初めての公開となり、作品へのアプローチを垣間見ることができ興味深い。
いずれも青と黄を基調とし、「色を重ねながら描くことで光を現出させ」(富岡)、その重なりが深みを増したり、広がりをもたらすような作品だ。富岡は「絵画に『光』=希望のようなものが現れることを求めて描いてきた」という。
カフェに展示された《resonance》は、水平線を描いた。「水平線の上と下は、外なる世界と内なる世界のメタファーでもある」(富岡)という。外と内の共鳴を表現するその作品は、海や空を思わせ、やわらかな光に包まれるようだ。
富岡は1966年神奈川県生まれ。多摩美術大学絵画科卒業。96年「VOCA展1996」でVOCA奨励賞受賞、2006年文化庁新進芸術家海外研修員としてニューヨークに滞在。
鷗外記念館は鷗外生誕150年を記念して2012年にリニューアルオープンした。建築家の陶器二三雄の設計によるモダンでシンプルな建物だ。佐野と富岡の作品は当初から記念館のために選ばれ、展示されていたように空間に馴染んでいる。また、建物内部にも光が差し込むため、訪れる時間により作品から受けるイメージも異なる。
●ディレクション倉林靖のリコーダー演奏も
11月7日(土)には、プロのリコーダー奏者でもある本展ディレクションの倉林靖とチェンバロの渡辺玲子による音楽ライブ「リコーダーとチェンバロのデュオ~ドイツ・バロック音楽から明治まで」がエントランスで開催される。18時30分から19時30分まで。観覧料無料。ほかにアーティストの金大偉の音楽ライブ「Dream of Neo Asia」が11月6日(金)18時30分から19時30分、空間映像インスタレーション「無幻と色彩の風景」の上映が11月6日(金)から8日(日)17時から20時など、秋の夜長のスペシャルイベントとして開催される。
なお、森鷗外の医者としての仕事に着目する特別展「ドクトル・リンタロウ―医学者としての鷗外」も同時開催されている。
執筆:西澤美子(文中敬称略)
森鷗外記念館で現代アート!Vol.3
「刹那」よ「止まれ、お前はいかにも美しいから」
10月3日(土)~12月6日(日)※第4火曜休館
10時~18時(最終入館は17時30分、11月6日~8日は20時まで開館)
文京区立森鷗外記念館・無料ゾーン(東京都文京区千駄木1-23-4)
☎03-3824-5511
http://moriogai-kinenkan.jp
参考文献:『クインテットⅡ 五つ星の作家たち』図録 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館 2015年 (文中、富岡直子の言葉は同図録より引用)
写真キャプション
①佐野陽一《flow》2004-05年(左、中央)、《reservoir》2003年(右)
②佐野陽一《flow》2010-2015年
③佐野陽一《vessel》2006-07年、2013年
④富岡直子《resonance-Ⅰ》《resonance-Ⅱ》いずれも2008年、株式会社ベリタス蔵
⑤富岡直子 ドローイング 2006年~2008年