January 12, 2026
江戸時代、”文明開化”以前は、鎖国時代で海外交流がなされず科学や技術の情報が入ってこないため、ヨーロッパに比べて劣っていたのではないかと考えられていた。日本の科学技術は「欧米のものまね」だと揶揄されていた時代が長く、今や新興国にも産業開発・技術開発の面で追い上げられ、遅れをとっている帰来があるように見えるが、日本の科学技術並びに”ものづくり”の底力には凄いものあったし、
江戸時代の技術は、世界最先端を走っていたという発見の数々が感じられる特別展が開催されている。
”江戸の科学技術は世界水準!”というテーマで『医は仁術』”医の原点は江戸にあった!”は感動と驚異の連続する企画展だった。
企画展解説に入る前に、明治時代以前の日本の識字率は8割とも言われ、世界中のどこよりの高かったと言われている。
なかでも数学の関孝和、建部賢弘「和算」や円周率の解析、(余談だが筑摩書房刊「和算少女」遠藤寛子著は非常に面白いし、愉快!)現在の東芝に繋がっていく電信機や電話機を製造した会社を興した田中久重は、”からくり儀衛門”と呼ばれたからくり技術の名手で、
からくり仕掛け人形、「万年時計」=”江戸テクノロジー”の最高峰とも称されている。1年に1度ゼンマイを巻けば、ほぼ正確に時を刻み続ける
という優れもので、天文学にも優れていた。日本のレオナルド・ダ・ヴィンチともいわれる大野弁吉。
初めて日本のオリジナルの暦が1684年に採用された「貞享暦」。これを完成させたのが渋川春海(映画「天地明察」の主人公)、その後国産初の反射望遠鏡の制作に成功した国友一貫斎。もともと鉄砲鍛冶職人で、この鏡も錫と銅の金属製で性能的には素晴らしく脅威的でした。
天体観測から太陽の黒点の位置や数、大きさなども克明に記録している。月の観測では、クレーターの微細な形状まで書き留めている。
金星や土星の観測記録も残っていて、感歎驚異的である。エレキテルの発明平賀源内も忘れてはならない偉人・異人である。
そのほかにも、全国を測量して「大日本沿海輿地全図」の編纂の伊能忠敬、本草学、医学、土木・建築も世界水準だった国はほかにありません。
さて本題に入ると、山脇東洋がわが国初の人体解剖を行い、杉田玄白・前野良沢らが翻訳した『解体新書』は、蘭学の輸入により急速に広まっていく、人々を救うため、人体構造の解明と処方箋が漢方医も含めて開始された。
[第1章]病は、いつの時代も、身分の貴賤なく、人々を襲う
≪江戸時代の錦絵≫で当時の人びとの病に対する恐れ、ただ神に祈り、なすすべもなく諦め、自然に収まっていく様子を錦絵でたどる。
≪開運麻疹厄病神除け之伝≫≪はしか童子退治図≫≪大宅太郎光国妖怪退治之図≫≪薬の病退治之図≫≪きたいな名医難病療治≫≪白澤之図≫
[第2章]東から西から~医術の伝来
東や西から伝えられた医術が鎖国時代という閉鎖社会の中で融合し、日本独自の発展を遂げた。日本の「仁」は理念・理想としてではなく実践された。
≪神農図≫≪ヒポクラテス像≫≪五臓六腑図≫≪神農本草経≫≪経絡人形≫≪和蘭全躯内外分合図≫
[第3章]医は仁術~和魂漢才・和魂洋才の医
東西の才(知識と技術)が和魂として「医は仁術」として実践された。
≪東医宝鑑≫≪民間備荒録≫≪本草綱目≫≪大和本草≫≪解体新書≫≪解体人形≫なかでも≪山脇東洋解剖図≫にみられる五臓六腑から腑分けの詳細図には度肝を抜かれた。
≪解死編≫≪解臓記・解剖図≫≪寛政婦人解剖図≫≪施薬院男解体臓図≫≪刑死者解体図≫などなどがずらりと並んだ様は圧巻であり、脅威である。
また、聴診器、医療器具、お産道具、産科人形、胎児模型、この時代に目を疑うようなカテーテル器具、などなお盛りだくさんの内容だ。
[第4章]近代医学と仁
ドイツ医学をモデルとして大学東校(東大医学部の前身)の人物と歴史を探る。
[第5章]現代の医
人体内部を写す3Dプロジェクションマッピングや3Dプリンターで作られた生体質感臓器立体モデル、遺伝子解析技術、iPS細胞の誕生から再生医療・疾患研究に至るまで、開発・応用の実態を解明する非常に貴重な、面白い企画展である。
「仁」は”人を思いやる心”だと言われて、偉人たちがどんな思いで病と闘い、克服してきたあからさまな実態が解明される展覧会であり、たくさんの人びとに観てもらいたい展覧会である。
ヘドデル・キドリンスキー
場所;上野;国立科学博物館
日時;6月15日まで