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「だまし絵Ⅱ 進化するだまし絵」展

美術の仕掛けにだまされる快感。
気軽に楽しめる、奥深い展覧会。

   一本の細いS字形の銅線でしかないものが、丸鏡に写った鏡像と合わさって人の横顔となってしまう。驚きである。このシンプルで不思議な作品はスイスのマルクス・レーツ(1941~)の《姿見Ⅱ》(1988~92年、個人蔵)だ。また、パトリック・ヒューズ(1939~)による、歌川広重作「名所江戸百景」の屏風らしきものが描かれた《広重とヒューズ》(2013年、作家蔵)では、その前に立つと思いがけないことが二重に起こる。

   「だまし絵」とは人間の目をあざむく視覚的な詐術を技法として使った美術作品である。本展覧会では、その古典的な到達点である作品を紹介したのちに、現代美術を中心に「だまし絵」という観点で、美術の新たな挑戦や多様な展開をたどる。本展は、2009年に開催され3会場で約75万人もの観客を魅了した展覧会の続編である。

   構成は、プロローグ、第1章 トロンプルイユ、第2章 シャドウ、シルエット&ミラー・イメージ、第3章 オプ・イリュージョン、第4章 アナモルフォ―ズ・メタモルフォ―ズの5つから成る。ごく一部をご紹介したい。

   プロローグ 東京会場のBunkamuraザ・ミュージアムにはいると、最初に17世紀オランダの画家が克明に描いた壁龕(壁の窪み)の鷹狩道具や、レター・ラックに挟まれた楽譜や手紙の作品が並ぶ。手に触れそうだ。16世紀の聖母子像では、本物の虫が絵の上に止まっているかのような小さな詐術が施される。これらがトロンプルイユだ。描かれたものが現実にそこにあるかのように錯覚させる技法で、17世紀バロック期に全盛期を迎えた。二次元の平面である絵画に三次元の世界を表現するというのは考えてみれば無理な話なのだが、写実的に見せるため人々は古代から挑戦を続け、遠近法や陰影法を生み出した。向かいの壁には、18世紀イタリアで描かれた判然としない歪んだ絵が架かる。アナモルフォーズの作品だ。正面からだと歪んで見える絵が、ある一点から見るか、または円筒か円錐形の筒に写して見ると正しい像になるという技法で、17~18世紀に流行。遠近法の逆の原理らしい。なお円筒アナモルフォ―ズは16世紀の中国を起源とされる。幕末には日本にも入り、刀の鞘に映したため、「さや絵」と呼ばれた。また、16世紀に活躍したジュゼッペ・アルチンボルド(1526~93)の《司書》(1556年頃、スコークロステル城)も衝撃的だ。赤や白の革装の書物などで実在の博学の人を構成。細部のモティーフでモデルの職業や性格を表すが、発想の源に人間と宇宙が対応するというルネサンス期の宇宙観がある。《司書》は諷刺も見事で、造形が現代的だ。ミラノの出身のアルチンボルドはハプスブルク家に仕え、人気を博した奇想の宮廷画家で、ダブルイメージ(二重像)のだまし絵の最高峰の一人だ。

   第1章 トロンプルイユ ここからは現代の作品となる。北極で撮影したかのような、杉本博司(1948~)の幻想的な《Polar Bear》(1976年)は、実は博物館のジオラマを片目で見た状態を再現した写真。写っているのは模型の北極熊だ。別の壁に小さな蜂がとまっている。これはアメリカのトム・フリードマン(1965~)の《無題》(2001年)。古典絵画で画中に描かれた虫が、単体で作品として現れる。また会場のあちこちに、ひっそり置かれている本物そっくりの花や雑草は、須田悦弘(1969~)の彫刻《大山蓮華》(2012年)など。ふとこれらに気がついたとき、周りの空間が変容するようだ。アメリカのスーパーリアリズムの芸術家ドゥエン・ハンソン(1925~96)の《カーペットを掃除する女》(1971年、広島市現代美術館)は実物から型取りした立体作品。その迫真性には恐怖感さえ感じる。

   第2章 シャドウ、シルエット&ミラー・イメージ 第2章でもわくわくさせられた。窓枠のような白い帯とその影が描かれたドイツのゲルハルト・リヒター(1932~)の静謐な《影の絵》(1968、個人蔵)や、複雑な形の立体の影が、ある方向から光を当てるとなぜかトカゲの形になる、やはりドイツのラリー・ケイガン(1946~)の《トカゲ》(2008年、ドニー&リンダ・ブルーム・コレクション)だ。実体を表すための補助的手段に使われてきた影が主役になり、影は実体と同じであるとの先入観も打ち破る。鏡の作品も魅力的である。福田繁雄(1932~2009)の大きな《アンダーグランド・ピアノ》(1984年、広島市現代美術館)は、鏡にピアノの正しい姿が映るが、実在のものピアノの体をなしてはいない。また、ダニエル・ローズィン(1961~)の《木の鏡》(2014年、作家蔵)も圧巻。四角い木片タイル784枚で画面をつくり、前を通る人の姿を映し、近づけば顔の表情までも再現するメカニカルミラーだ。来日したローズィン氏は「デジタルから最も遠くにあり最も美しいと考える木という素材を選び、木を扱う大きな喜びを感じながら制作した」と話された。

   第3章 オプ・イリュージョン ここでは幾何学的な形態と豊かな色彩に溢れる作品が並ぶ。例えば、ハンガリーのヴィクトル・ヴァザルリ(1908~97)の青・黒・白の円と四角で構成された《BATTOR》(1977年)や六角形の中に四辺形の帯を配列した《KEZDI》(1989年)(共に北海道立近代美術館)。形態と色彩の相互作用によって画面に凹凸、振動、明滅が見えてくる。このような錯視的効果のことをオプティカル・イリュージョンまたはオプ・イリュージョンという。それらを特徴としたオプ・アートが1960年代に起こった。代表格として、ヴァザルリのほかにもイスラエル出身のヤーコブ・アガム(1928~)、アメリカのリチャード・アヌスキウィッツ(1930~)らの作品も展示。インドのアニッシュ・カープア(1954~)の《白い闇 Ⅸ》(2002年、金沢21世紀美術館)は、白い世界に吸い込まれそうな感覚が快い。広義のオプ・アートとしてとらえたものだ。

   第4章 アナモルフォ―ズ・メタモルフォ―ズ 驚くべきは高さ3mを超す、細長く歪んだ現代女性の上半身の立体作品。カナダのエヴァン・ベニー(1953~)の《引き伸ばされた女#2》(2011年)だ。ある視点から見ると正しく見えるのではないかと思わせられるのだが、うまく行かず、観る者はとまどう。オランダの版画家マウリッツ・コルネリス・エッシャー(1898~1972)が描く建築物も現実には成立しない立体物である。現代のアナモルフォ―ズの系譜は正像を結ばないようだ。また、サルバドール・ダリ(1904~89)の大作《海辺に出現した顔と果物鉢の幻影》(1938年、ワズワース・アテネウム美術館)は白いテーブルクロスと果物鉢の絵だが、人間の顔が浮き出てきて、細部にも何重ものイメージが見えてくる。ダリはダブルイメージの系譜を引き継ぎながら、変容するという意味のメタモルフォ―ズを展開。ルネ・マグリット(1898~1967)の《白紙委任状》(1965年、ワシントン・ナショナル・ギャラリー)は馬に乗る女性が緑豊かな森を通り過ぎる場面だが、ダブルイメージでもあり、空間を歪ませる点ではアナモルフォ―ズでもある。その他映像作品も含み、時間の要素が入り、技法が複雑化してゆく作品も紹介されている。

   本展覧会にはなによりも遊び心にあふれた楽しさがある。驚かせてくれた芸術家に喝采を浴びせたくなってしまう。映像作品も含め、芸術性に優れた作品ばかりでしばし見入ってしまうことが多かった。そして、美術をだまし絵という切り口でとらえることで、視覚と美術の豊かな関係性が浮かび上がる。それぞれの作品の視覚的興味のありかたについての明晰な分析がなされ、古典と現代の名作との関係性も示唆に富む。入念に工夫された企画により、作品同士が互いに輝きを増しているように感じ、様々な点で深い感銘を受けた。
   是非ご覧ください。貴重な論文が収載された、驚きの仕掛けの図録もお薦めです。


【参考文献】
1) Bunkamuraザ・ミュージアム・兵庫県立美術館・名古屋市立美術館・中日新聞社 編集『だまし絵Ⅱ』(図録)、中日新聞社 発行、2014年。

執筆:HOSOKAWA Fonte Idumi 
(2014年8月)


※会場内の風景画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。

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会場風景。右手前は、クリストフェル・ピアーソン≪鷹狩道具のある壁龕≫。奥は右から、ジュゼッペ・アルチンボルド≪司書≫≪ソムリエ(ウェイター)≫。(撮影:I.HOSOKAWA)

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会場風景。右から、パトリック・ヒューズ≪広重とヒューズ≫、アニッシュ・カプーア≪白い闇Ⅸ≫。撮影:I.HOSOKAWA)

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会場風景。手前は、ヴィクトル・ヴァザルリ≪KEZDI≫。右奥はダニエル・ローズィン≪木の鏡≫、左奥はラリー・ケイガン≪トカゲ≫。(撮影:I.HOSOKAWA)

【展覧会の欧文表記】Visual Deception Ⅱ:Into the Future
【会期・会場】

2014年 8月9日~10月5日   Bunkamuraザ・ミュージアム
2014年10月15日~12月28日 兵庫県立美術館
2015年 1月10日~3月22日 名古屋市美術館
【公式HP】http://www.damashie2.com/

※本文・図版とも無断引用を禁じます。


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