January 12, 2026
画家たちに愛されたセーヌ河口の風景。
ノルマンディーという場所の重要性を知る。
パリ盆地のすぐ北西に位置するノルマンディー。本展覧会は、その中のセーヌ河口地域がどのようにフランス風景画の発展に影響を及ぼしてきたのかを探るものだ。
■セーヌの河口地域
印象主義の名称の由来となったクロード・モネ(1840~1926)の《印象、日の出》(1873年、マルモッタン美術館)が描かれたのはル・アーヴルであり、モネの代表的な大聖堂の連作の舞台はルーアンである(※上記作品は出品無し)。ともにセーヌの港湾都市で、パリとの結びつきが強い場所だ。セーヌ河はフランス中東部のラングル台地に源をもち、全長776km。パリを過ぎると大きな蛇行が続き、ルーアンの下流からが河口地域となる。ここから英仏海峡を臨む港ル・アーヴルまでは、河に沿って下ると125kmもあるのだが、一日2回海水がルーアンまで逆流する潮津波という現象が起きる。本展は19世紀以降、おもにル・アーヴルとルーアン間の、セーヌ河口地域の風景を描いた約80点により構成される。 (※会場により一部、出品作品の変更があります。)
■本展覧会の特徴
筆者は東京展会場を一巡したのちも逍遥するように長時間、豊かな作品群を楽しんだ。本展は観る者に嬉しい驚きと大きな充足感をもたらすだろう。第一の特徴は、展覧会の画期的な視点だ。ノルマンディーという場所を焦点に美術史をたどっていく面白さ。印象派だけでなく実に多彩な画家が登場し、時代とともに変遷するセーヌ河口地域のさまざまな表情がそれぞれの手法で表現される。第二に、画家たちの親密な関係を知ることができることだ。ノルマンディーと関係の深い画家がなんと多いことだろう。そして第三には、絵画作品だけの展示でなく、写真に二つの章が当てられている点が新鮮で刺激的である。
■ノルマンディーのイメージの創造
展覧会は、何度もノルマンディーを訪れたイギリスのジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775~1851)の版画(エングレーヴィング)で始まる。1815年のナポレオン戦争終結後、パリへの入り口にあたるこの場所は英国から行きやすい地となった。ロマン主義の画家ターナーが月明かりの港を抒情的に描いた≪ラ・エーヴの灯台≫などは、彼がフランスを旅してまとめた『フランスの河川(全3巻)』のうちの『セーヌ逍遥』(1834年、ル・アーヴル、アンドレ・マルロー美術館)の挿絵である。これらの出版物は英国だけでなくフランスに大きい影響を及ぼし、ピクチャレスク(絵になる)趣味とともに、アカデミスムを重んじるフランス絵画では地位の低かった風景画への関心を広めた。続いて、英国を訪れたフランスのロマン主義の画家ウジェーヌ・イザベイ(1803~86)らによる教会、修道院、城塞、廃墟、港湾などを描いた作品を紹介し、ノルマンディーのイメージの創造に、英国の画家やロマン主義の画家が果たした役割を示す。
■19世紀後半の画家たち、そして写真
1840年代にパリからの鉄道がルーアン、さらにル・アーヴルまで、また1862年に対岸のオンフルールまで開通し、人々はパリから海辺まで数時間で行くことができるようになった。画家たちも近代化されてゆくル・アーヴルや、田園地帯を背景とするオンフルール郊外のサン=シメオン農場などに集まり始める。画家たちを魅了したノルマンディーは、彼らの邂逅の場ともなり、互いに影響を及ぼし合うことになった。サン=シメオン農場に集ったのは、バルビゾン派のカミーユ・コロー(1796~1875)、レアリスムのギュスターヴ・クールベ(1819~77)、オンフルール生まれのウジェーヌ・ブーダン(1824~98)、ル・アーヴルで育ったモネ、またオランダ人のヨーハン・バルトールト・ヨンキント(1819~91)らである。なかでもブーダンは中心的存在として皆と親交を深め、戸外制作という新しい挑戦を一緒に行い、フランス風景画の成立に貢献する。モネがそれを継承し、うつろう光を画面にとらえることを追求し続ける。田園風景や海景の作品が数多く出品され、それぞれの新しい試みを比較することができる。クールベの《波》(1870年頃、オルレアン美術館)では荒々しさが強烈だ。彼は毎年ノルマンディーを訪れ、様々な天候・時間の海の風景を描き、モネの連作に30年先駆けた制作を行った。
パリから富裕な人々が海水浴など保養にノルマンディーを訪れるようになると、肖像画や人物をとり込んだ海辺の風景の絵画も求められるようになった。エドゥアール・マネ(1832~83)の影響を受けたエルネスト=アンジュ・デュエズ(1843~96)の《海岸での日光浴のひと時》(1894年、ルーアン美術館)などでは洗練された服装の女性たちが大画面に描かれる。また、ノルマンディーの近代化や近代生活も絵画の重要なモティ―フになってゆく。港湾では立派に岸壁が整備され、蒸気船が大型帆船とともに描かれる。大きな建物の建つ街も賑やかで、工場の煙突が見える風景も描写される。ブーダンによる、高い空に夕陽が回転しているような大らかな港湾風景《ル・アーヴル、ウール停泊地》(1885年、エヴルー美術博物館)をはじめ、多くの画家たちが心に残る作品を創り出し、近代風景画を発展させていく。
ここで絵画から目を転じてみると、ノルマンディーでは、文化財を記録する補助手段として1839年に発明された写真が使われるようになった。また、写真が1880年以降改良され、アマチュア写真家が写真クラブをつくって活動した。本展では両者の写真作品が紹介され、絵画との関係が興味深い。後者のルイ・シュスノー(1855~1923)の《カヌーで水遊びする人たちと犬》(1896年、個人蔵)などは印象主義の絵画に重なって見える。
■20世紀の画家たち、そして写真
会場の20世紀のセクションに入ると作品の色彩が鮮やかになる。ルーアンでは印象派を継ぎつつ新たな表現主義の動きを取り入れたルーアン派が起こる。その代表的な画家ロベール・パンション(1886~1943)の青、黄、緑色が対比する《ルーアン近郊、ベルブフの丘》(1909~10年頃、個人蔵)などが紹介される。一方、ル・アーヴルでは互いに深い親交をもつ3人が、色彩を開放したフォーヴィスムの運動に参加した。幼いときにル・アーヴルに移住し、のちにキュビスムを主導するジョルジュ・ブラック(1882~1963)、そして、ともにル・アーヴル出身のオトン・フリエス(1879~1949)とラウル・デュフィ(1877~1953)だ。また、彼らを頼ってノルマンディーを訪れたのはアルベール・マルケ(1875~1947)。これらの画家たちがル・アーヴルなどを描いた作品が紹介される。
スイス出身で、パリでナビ派の運動にも関わったフェリックス・ヴァロットンも1901年から20年間、ほぼ毎夏オンフルールを訪れた。鮮やかな緑と空に伸びる細い樹を描いた《オンフルールの眺め、夏の朝》(1912年、ボーヴェ、オワーズ美術館)、および後ろ姿の画家夫妻がセーヌを望む《オンフルールとセーヌ河口》(1901年、オンフルール、ウジェーヌ・ブーダン美術館)には意表をつく面白さがある。
軽妙な色彩と自由なデッサンで知られる色彩の魔術師デュフィは、フォーヴだけでなく様々な手法を取り入れて独自の世界を創出した。彼の作品は多数出品されていて堪能できる。デュフィの生まれ故郷は彼に多様な主題を提供し、彼も生涯、故郷に深い感謝と愛着をもって接した。人々が夕日を楽しく眺める《サン=タドレスの丘からの眺め、夕日》(ナンシー美術館)にも、画中画の貨物船と柔らかな色彩が印象的な《赤い彫刻のあるアトリエ》(1949年、アンドレ・マルロー美術館)にも、彼の心情が感じられるように思う。
そして展覧会の最後は、オリヴィエ・メリエル(1955~)のモノクロ写真が紹介される。ル・アーヴルの街を撮った印象主義的な作品群だ。ノルマンディーの風景画の系譜は、デュフィが1953年に亡くなった後、写真家に引き継がれるとの趣旨である。
本展全体を通じて感じたのは、ノルマンディーの自然の光や空気の魅力、田園と港湾と保養地という地域としてバランスのよさ、そして画家や写真家たちのこの場所への深い愛情だった。是非ゆっくりとご覧ください。
【参考文献】
1)アネット・オーディケ、古谷可由 監修・執筆『ノルマンディー展 近代風景画のはじまり』(図録)、「ノルマンディー展 近代風景画のはじまり」カタログ委員会 発行、2014年。
2) 島田紀夫『セーヌで生まれた印象派の名画』(小学館101ビジュアル新書)、小学館、2011年
執筆:HOSOKAWA Fonte Idumi
(2014年9月)
※会場内の風景画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。

写真1 会場風景。右は、ウジェーヌ・イザベイ≪トゥルーヴィルのレ・ゼコーレ≫。(撮影:I.HOSOKAWA)

写真2 会場風景。フェリックス・ヴァロットン≪オンフルールの眺め、夏の朝≫。撮影:I.HOSOKAWA)

写真3 会場風景。左から、ラウル・デュフィ≪サン=タドレスの黒い貨物船≫、
≪黒い貨物船≫。(撮影:I.HOSOKAWA)
【会期・会場】
[東京展] 2014年9月6日~11月9日 東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館
<詳細> http://www.sjnk-museum.org/program/current/2139.html
<電話> ハローダイヤル03-5777-8600
[広島展] 2015年2月28日~4月12日 公益財団法人ひろしま美術館
[熊本展] 2015年4月18日~6月21日 熊本県立美術館
[山梨展] 2015年6月27日~8月23日 山梨県立美術館
※本文・図版とも無断引用を禁じます。