January 12, 2026
●慈愛に満ちた木彫の円空仏たち
円空(えんくう)の造った木彫の仏像や神像の造形の面白さと同時に、日本人の木や森に対する信仰の伝統や、江戸時代の庶民の祈りが、21世紀の私たちに体感的に伝わってくる優れた展覧会である。是非ゆっくりと時間をとって円空仏を楽しんでほしい。
東京国立博物館の本館入り口をはいってすぐ奥にある特別第5室に足を踏み入れると、まず可愛らしい「賓頭慮尊者坐像(びんずるそんじゃざぞう)」(千光寺所蔵)に会える。目にも口元にも優しい微笑みをたたえて座る、高さ50cm弱のお坊さんの像だ。愛嬌があり親しみ深くて惹きつけられた。思わずこちらも微笑んでしまう。円空自身の像ともいわれ、頭や身体がつや光りしているのは、撫でると病気が治るし病気にならないとして人々に長く撫でられたてきたからとのこと。
回り込むように室内に入っていくと、大小さまざまの円空仏が林立している。その数100体。なんだか森にいるような気分になる。
中央には、高さ2mを越す「金剛力士(仁王)立像 吽形(こんごうりきし(におう)りゅうぞう うんぎょう)」(千光寺所蔵)が置かれている。大変な迫力だ。これは、地面に生えたままの二本の立木に2体の仁王像(阿形と吽形)を直接彫ったもののうちの一体という。木という自然の造形と人の技の結合と対立が、この仁王像にみなぎる活力を与えている。古代に造られた造形物のようにも、現代彫刻のようにも見える。円空がこの立ち木を見つけて仁王像を彫ろうと決めたときのこと、彼が彫っているところ、そのとき周りに人々がいたとしたらどのような気持ちで見守っていたのだろう、などと想像すると胸が騒ぐ。後に書かれた円空の伝記にもこの像のことが記されているそうだ。今回初めて寺から外に出た円空仏である。
「両面宿儺坐像(りょうめんすくなざぞう)」(千光寺所蔵)も見応えがある。円空の屈指の傑作といわれるものだ。高さは90cmに満たない像だが、精緻な彫刻が施され、堂々としている。この像は先の仁王像とともに、私のもつ円空仏の素朴なイメージを完全に覆した。正面と向かって右側に大中の表情の違う二つの顔がある。岩に座し両手に斧をもつ。周りに円の模様のある光背が囲む。大きく彫る、直線で彫る、曲線を使うなど彫刻の手法もうまく使われ、バランスがよい。二つの顔は小さい方が怒っている。両者の表情が細かく刻み分けてある。斧を持つ手にはなんと爪も表現されているではないか。「両面宿儺」とは、『日本書紀』の仁徳天皇六十五年条に登場する飛騨の国の人。前後に二つの顔を持ち、手に剣と弓矢を持つとされる。しかし円空は、顔を二つとも正面に向かせて造るなど、『日本書紀』の記述とは異なる独創的な造形を生み出した。この像も初めて寺を出たものだ。
「その他見ていくと、たくさんの微笑む観音様が並ぶ「三十三観音立像」(千光寺)、村に魔物や疫病が入るのを拒むという背の高い「護法神立像」(千光寺)など、神仏像それぞれに面白みがある。」
多くの円空仏は薪を割るように縦に木を割って、表面を鉈や鑿で豪快に彫刻した鉈彫りで造られ、木肌や木目や木の節が鑿あとと共に見て取れる。彩色はされていない。だから木の質感を強く感じる。裏面は彫られず平らなので、像は深い浮彫ともいえるだろう。裏には円空の墨筆で梵字や制作地などが書かれている。ここある像はすべて飛騨の木からつくられたとのことだが、木が、いや木に宿る神や仏や霊性が、円空の手を借りてそのまま仏や神の姿になったように思える。
円空は、江戸時代の17世紀後半に活躍した僧である。幕藩体制が整ってきた頃の1632年(寛永9年)、今の岐阜県南部にあたる美濃国(みののくに)に生まれ、1695年(元禄8年)に同じく美濃国の関の弥勒寺で亡くなった。松尾芭蕉、井原西鶴の活躍時期と重なる。円空は1666年(寛文3年)以降30年にわたって近畿から北海道まで各地を巡り、修業を積み、霊山に登った。そして立ち寄った村落で人々の切実な祈りに寄り添い、求めに応じてたくさんの仏像を造った。人々から「円空さん」と呼ばれて慕われ、円空仏たちは各地の寺社や祠堂などで大切に永く守られてきた。現在、円空仏は5000体以上も知られているが、特に故郷の美濃、隣国の飛騨(岐阜県北部)および尾張(愛知県)に集中して多く残存している。
本展覧会では、円空ゆかりの寺である飛騨の千光寺(岐阜県高山市)所蔵の61体に加え、高山市所在の計100体の円空仏が出品され、円熟期の像がそろっている。
祈りの森のように立ち並ぶ飛騨の円空仏たち。ここに立っていると、円空さんと人々とが語らう声が聞こえてくるようだ。「円空さん、日照りが続いてほとほと困っています。雨乞いの神様仏様を彫っていただけないでしょうか」「はい、造りましょう」「ありがとうございます」。祈りの気持ちはいつの時代にも共通する。
HOSOKAWA Fonte Idumi
展覧会正式名称:東京国立博物館140周年
特別展「飛騨の円空—千光寺とその周辺の足跡」
場所:東京国立博物館 本館 特別第5室
TEL:03−5777−8600
期間:2013年1月12日〜4月7日(月曜日は休館)
コメントを残す