January 12, 2026
近代日本開国以来、日本と英国とは政治・経済・社会・文学・芸術のジャンルにおいて、切っても切れない民族的な且つ国家的な縁があったと痛感した企画展でした。

国立西洋美術館設立の礎となった「松方コレクション」、1910年代後半から20年代にかけてヨーロッパで蒐集されたこの大コレクションは、川崎造船所(現:川崎重工業)の初代社長、松方幸次郎が私財をなげうって集めたコレクションです。この指南役となったのが英国の画家フランク・ブラングィン(1867-1956)でした。
フランク・ブラングィンはイギリスのロイヤル・アカデミーで現存作家として初めて個展を開き、ロイヤル・エクスチェンジ(証券取引所)などの公共建築の壁画を次々と手がけ、イギリスのみならずアメリカ(ニューヨーク、ロックフェラー・センターなど)やカナダにも数多くの作品を残し、アーツ・アンド・クラフツ運動からアール・ヌーヴォー、アール・デコという 時代の装飾芸術運動を背景に、油彩画だけでなくカーペット、家具、陶磁器、版画や挿画本にも制作範囲を広げ、当時を代表する画家として活躍した。
夏目漱石の名作『それから』にもブラングィン(小説内ではブランギンとなっている)の名前が登場しており、より日本との親密感を増幅させている。
ブラングィンは、1882年にクイーンズ・スクエアにあるウィリアム・モリスの工房に、 17歳から2年間、モリスの元で修行した。芸術を使命ではなく仕事と考え、「芸術家」ではなく「デザイナー」と呼ばれることを望んだ。多くの労働者を描いた作品は、モリスの社会主義思想に影響を受けていると思われる。

ブラングィン芸術の重要なテーマは「労働」「生きている人」への讃美と苦悩、そして希望であると思う。
ブラングィンの作品は畑や工場や戦場における強靭な労働と肉体的活動である画家の制作が結びつき、力強い手の動きや豊かな想像力の行使と、彼の芸術の生命線である農夫や港湾労働者や建設工、そして軍人や船乗りといった人物たちの英雄的な労働との間に存在するダイナミックな相互作用を探っていき、「偉大なことは働くこと、しかも絶えず働くこと。そうすれば間違いなく何か善をなすことになるのです。」
と語るように、労働がもつ英雄性、そして労働を社会的自己犠牲的貢献として位置づけしていることは、単なる芸術家として掘り起こすのではなく社会思想家として評価しても良いだろう。

「ブラングィンと松方のストーリー」は、
実現できなかった「共楽美術館」構想に大きな東洋一の西洋美術のための美術館を誕生させ、散逸してしまった松方旧蔵のブラングィンの作品を探し出し 、ロンドンの倉庫で焼失した大作のための下絵を紹介するなどなどの、ブラングィンの作品が総合的に展覧されるはずだったことを可能な限り再現する試みで、国立西洋美術館の今後の使命と役割と任務が試されることになるのだろう。
必見は
«蹄鉄工» «造船» «海賊バカニーア» «海の葬送» «ダンス» «死と悪魔» «ハンニバル号の解体» «船を曳く人々» «英国軍艦ブリタニア号の最期» «パンを焼く男たち»«版画キャビネット»«陶磁器の数々»

フランク・ブラングィンのすべてを辿る、
世界初公開のモノたちに出会える
素晴らしい企画展ではないだろうか・・・・!!!!!
日本の美術界における
先駆的な役割と影響を与えた
画家の一人であることは間違いない!!!
なんとも新しい、
しかも衝撃的な気分にさせる展覧会であった!!!
ヘドデル キドリンスキー
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