January 13, 2026
「美術館では観られない」知られざる異色画家:牧島如鳩(まきしま・にょにゅう 本名:牧島省三)は宗教画家です。多くの絵がイコンとして宗教心を支える”道具”として機能し、作品の展示場所も教会や寺院が多いのですが、栃木(足利市立美術館)、北海道(北海道立函館美術館)を経て、三鷹市美術ギャラリーでその仕事がまとめて紹介されました。(会期:2009年7月25日〜8月23日)
牧島如鳩の作品は、豊満な乳房をむき出しにした観音像が中心に描かれながら、その脇には天使やマリアなどのキリスト教のキャラクターたちが居並ぶ奇妙な超越した宗教的絵画世界を演出しています。粘り気のある描写、どぎついまでの肉感的な神仏、神聖なるものと世俗なるものの境界を行き来する不思議な世界です。「イコンはもともと匿名的、基本は模写で、むしろ個性があってはいけない、それなのにサインがある」牧島如鳩の作品は、現代に通じる”表現者”としての意識が大きく、その特異な美意識は、信仰の如何を越えて、現代人の感性を刺激するものがあります。
牧島如鳩は1892年(明治25年)栃木県足利市に生まれ、ロシア正教徒(ハリストス正教)である父百禄(田崎草雲の弟子で南画家)の影響で、1908年(明治41年)から東京神田駿河台の正教神学校に6年間在学し、聖像画師として女子神学校の敷地内に住んでいた明治の女流イコン画家・山下りんにイコンの手ほどきを受けたと言われています。静で冷ややかな官能性を彷彿とさせる裸婦像は北方ルネサンスの画家を想起させる不思議な『沐浴図』、描き手の愛情溢れる『肖像画』、その愛情が宇宙大の深みを讃えたような『聖母子』をはじめとするイコンはもとより、『千手千眼の聖母マリア』、『来迎仏図』、どう見ても神仏混在の現実性に乏しい強烈な臨場感のある『辯才天像』といった、異様を超越した異様、それを異様と感じさせない強烈な聖性を感じさせられます。また、いわき市小名浜漁港にある漁業協同組合所蔵の『魚籃観音像』は、不漁続きであった小名浜の漁業組合から大漁を祈願して依頼されて描いた120号の大作であり、それ以来大漁が続き、今も続いているという面白いエピソードも残されています。さらに、同じいわき市内にある龍ケ澤辯才天社の御神体として描かれた『龍ケ澤大辯才天像』は、今日も土地の人たちの篤い信仰によって守られ、まるでその信仰に応えるかのように時々「ピッ」と鳴ったり「ビーン」と鳴動するといいます。
「仏耶習合イコン」の仏教的なるものキリスト教的なるものが異和なく習合されたこの図像の最大のインパクトは、『魚籃観音像』の手足を長く伸ばし、意思的なまなざしをこちらに向けるそのポーズは不思議なエロスを湛え、観音菩薩の図像としても類を見ません。
なんとも不思議な世界を漂い、不可思議な気分にさせる展覧会でありました!!!

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