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河口龍夫展 言葉・時間・生命 を観て・・・・!


東京国立近代美術館「河口龍夫展 言葉・時間・生命」を観て来た。
1960年代から今日に至るまで、現代美術の最前線で活躍を続けているアーティスト、昨今、ひっきりなしに展覧会が催されるアーティストとしては現存画家の中では類稀な存在ではないだろうか・・・?!!!
「芸術は精神の冒険である」を生涯の命題とかかげ、”全宇宙生類関係”を探究テーマとして解き明かす壮大な計画を目的化しない«関係の無化»と«関係の実体化»との相反する思考、を追究し続ける言語的画家ではないだろうか・・・・!!!?
金属やエネルギー、さらに化石や植物の種子など、さまざまな素材を用いながら、物質と物質、あるいは物質と人間との間の、目に見えない関係を浮かび上がらせようと一貫した姿勢で、「モノと言葉」「時間」「生命」というキーワードに拘り創作し続けてきた。
今回の展覧会は、その集合体として、構成・成立している、見応えのある展覧会になっていると思う。
会場に入ると、テーマⅠ『ものと言葉』、最初から意味深な”闇”に包まれる «DARKBOX» に遭遇する。箱の中身が闇だという、見える/見えないという視覚の問題と言葉との関係の迷路に嵌ってしまう。«関係-光になった言葉» では宇宙空間からのメセージとの未知との遭遇、«鉄の鉄のモノ» モノの実態と効果、多面体の多様性、«関係-叡智・鉛の百科事典» 人類の最大の武器”言葉”の重み、現代の軽薄短小・うすっぺらな言葉への警鐘が我々現代人たちに圧し掛かる。«黒板の地球儀»«黒板の地図»«関係-地中からのボーダーライン»
テーマⅡ『時間』、古代からの人間の自然・宇宙に対する感じ方、考え方を星座たちの中から捉えた«関係-エネルギー»«COSMOS・・・»«太陽の点・道・円»«天の北極、天の南極、あるいは神の眼»«地下時間»のなかで、”見えないものを見えるようにする”、”視覚的に見えないものと、見えてはいるけれど普段まったく気に留めないで見過ごしているもの”とに分けられ、今まで見えていなかったものが鮮烈に立ち上がり、スリリングな体験をしてしまうだろう。科学的でありながら、なおかつ詩的であることには驚くばかりである!!!
特に、先カンブリア期から白亜紀後期までの三葉虫・マンモスの化石、総点数279点もの作品連作、«関係-時のフロッタージュ»«関係-時のフロッタージュ・5億6000万年1、2»では、化石の上に和紙を当て、鉛筆でその凸凹をフロッタージュ(こすり出し)することによって、はるかな時を超えてその生物と触覚的に交感し、その姿を和紙の上に浮かび上がらせる。”単に化石をフロッタージュしようとしたのではなく、化石に付着した太古の悠久の時間をこそフロッタージュしたいという、不可能に近い思いが強くあった”と言っているように、そのなかに蠢いている精神は、化石の年代を探ろうとする科学的精神とはるかな時を超えて触れ合おうとする詩的精神の融合であることがうかがい知れる。
まさしく、科学者と文学者の合体であるのではないだろうか・・・・!!!
テーマⅢ『生命』、植物の種子は重要なモティーフのひとつ «関係-種子、土、水、空気» 、一粒の種子をひとりの人間と対等の存在として見つめながら、過去~現在~未来にわたる、生命のエネルギーのつながりをさまざまなかたちにしてきた «関係-無関係・立ち枯れのひまわり»や擬人化された«関係-蓮の時・3000年の夢»、放射能からの保護を意味する鉛で覆った種子«睡眠からの発芽»、再生する生命エネルギーの伝導をイメージされている蜜蝋をほどこした«時の航海»«木馬から天馬へ»の我々の未来への問いかけである。
“私が作品の素材に種子を使うようになったのは、焦土化した敗戦のどん底からの奇蹟の復活と再生、人間が破壊しつくした大地から生命が誕生したことへの衝撃で在ったのかも知れない”と述べている。このことは死からの食による逃亡であり、食による死の超克への冒険とも言えなくもない。少し長くなるが、引用すると、
“空想の世界といえば、子どものころ熱中して読んだのが冒険小説であった。荒唐無稽だが血沸き肉踊る内容であった。冒険がいかに楽しくスリルがあり、未知の世界へ誘うかを知った。そこの活躍するのは素晴らしい叡智にたけた精神力あふれる肉体であり「肉体の冒険」であった。そしてそれを代表するのは冒険ごっこだった。・・・・中略、冒険ごっこで試されるのは、いかに勇気があり恐れを知らないか、男の中の男であるかという単純な規範であったように思う。したがって冒険ごっこは男の子の遊びであったし、冒険ごっこのルールを考える以外は限りなく「肉体の冒険」であった。”冒険の原初体験を書いている。
芸術における、「肉体の冒険」から「精神の冒険」への飛翔には、しなやかで健全な肉体の必要性と飽くなき欲求の創造的想像力の滑走路が必要になるだろう。
五感を研ぎ澄ませ、想像力をを思いっきり広げるとき、宇宙・自然の驚異、過去・現在・未来の時間の流れ、生命の不思議さを感じるでしょう!!必見です!!!
ヘドデル キドリンスキー


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