芸術広場|Office I Ikegami blog

『ウィリアム・ケントリッジー歩きながら歴史を考える展』そしてドローイングは動き始めた・・・を見て!

世界的に注目されている南アフリカ出身の美術家ウィリアム・ケントリッジの日本初の大規模な企画展が始まった。

ウィリアム・ケントリッジ展

欧米諸国の各地で行われてきた過去の展覧会とは大きく異なる観測点があると言う。

“これは巨大な劇場の2階席の最後列から、はるか遠方のスクリーンを眺めている状態に似ている。たぶんそのスクリーンは映像が両面に投影されるもので、裏と表から投影される映像は類似するが完全には一致しない”

と本展企画者は書いている。

ウィリアム・ケントリッジ展

ウィリアム・ケントリッジは南アフリカの現代
(南アフリカ社会の抱えるアパルトヘイト)やスターリン体制下の旧ソ連など、政治と人間の関係を鋭く問う視点をもった作品が多く、プロパガンダの美術とは無縁の、自然環境に対する一個人の真摯な対応であり、南アフリカの現代史への言及も、要因としてのヨーロッパ植民地主義の本質を解明しようとする一個人の知的挑戦であることを、そしてこの個人的な実践と挑戦が作品に対する普遍性を生み出していることは間違いない。

ウィリアム・ケントリッジ展

とにかく、はじめて見る映像の特徴は、「動くドローイング」である。木炭やパステルで描いた絵を、部分的に描き直しながら撮影を繰り返し、多大なアナログ的な労力を費やした作業の短編アニメーションに仕上げて、見せてくれる。アニメーションといっても明確なストーリー性はなく、意表をついたイメージの連続で観客の想像力を刺激する。

ウィリアム・ケントリッジ展

作者自身が言っているが

“常に自己の内と外とのせめぎあい”

で作品を創作していて、こうしたプロセスのメタファーとして、いろいろな映画やアニメーションが存在し、ひとつひとつが往年のコメディ映画のようでユーモラス性を醸し出している。

秀逸な作品としては

«Mine(鉱山/私のもの»(1991)

«ジョルジュ・メリエスに捧げる7つの断片»(2003)

«流浪のフェリックス»(1994)

«忍耐、肥満、そして老いていくこと»(1991)

«量る・・・そして足らずを渇望する»(1998)

«潮見表»(2003)

«月世界旅行»(2003)

«薬棚»(2001)

«ユビュ、真実を暴露する»(1997)

はじめて見るものばかり・・・・・ユーモラスでおもしろい・・・・!!!なんとも考えさせられ、身につまされる映像や、ユーモアとエスプリの効いた展覧会であった!!!

ヘドデル・キドリンスキー


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