芸術広場|Office I Ikegami blog

オルセーのナビ派展 
美の預言者たち―ささやきとざわめき

知的な若い画家たちの静かな革命。
庭や室内の家族と猫など身近な情景から、神秘的な世界まで。

  ナビ派とは19世紀末、パリに集った知識人である若い画家たちの、緩やかなつながりのグループ。ポール・ゴーガン(1848~1903年)の絵画に大きな影響を受けて結成された。「ナビ」はヘブライ語で「預言者」の意。印象派の画家たちの後の世代に当たる彼らの多くは、20代初めだった。自ら命名した呼称のとおり新しい芸術の先駆者としての自負をもって、仲間のアトリエ「神殿」で毎週集会を開いて交流し、展覧会参加など10年余り活動した。ナビ派は20世紀美術を予兆する重要な美術運動でありながら、これまで見過ごされがちだった。現在、東京の三菱一号館美術館で、この注目すべきナビ派の全貌を日本で初めて紹介する意欲的な展覧会が開催中だ(5月21日まで)。パリのオルセー美術館が所蔵するナビ派の傑作81点が揃う。本展は、オルセー美術館・オランジュリー美術館総裁でナビ派の、特にヴュイヤール研究者であるギ・コジュヴァル氏の総監修、そしてオルセー美術館主任学芸員イザベル・カーン氏の監修によるものである。

  ■展覧会構成
  展覧会は、以下の六つの章で構成されている。
  1 ゴーガンの革命/2 庭の女性たち/3 親密さの詩情/4 心のうちの言葉/
  5 子ども時代/6 裏側の世界
  展覧会副題にある「ささやき」と「ざわめき」が、本展を見る際の鍵のようだ。耳をすませて巡ってみよう。会場は主題別に作品を展観。以下では主な作家ごとに紹介したい。

  ■ピエール・ボナール: 「日本かぶれのナビ」/アンティミスト(親密派)の画家
  ピエール・ボナール(1867~1947年)の《格子柄のブラウス》(油彩/カンヴァス、1892年、オルセー美術館所蔵)(※全ての作品の所蔵はオルセー美術館。以下、略)は、なんとも微笑ましい。縦長の画面に猫を抱えながらテーブルで食事する画家の妹と、皿に手を伸ばす猫。妹の優しい表情と鮮やかな赤系や茶系の色彩が相まって、静謐な温かさの親しみ深い作品である。よく見ると不思議に奥行きがない。ブラウスの格子模様は身体に沿っていず直線だ。平坦な画面や人物の両脇の大胆なトリミングは、日本美術の造形方法を取り入れたものだ。大作の《黄昏(クロッケーの試合)》(油彩/カンヴァス、1892年)では平面化がより徹底され、装飾的。画家の家族がゲートボールの原型であるクロッケーや、ダンスに興ずる場面だが、人物も森も全てが緑色を基調とする画面に織りこまれたタピスリーのごとく一体化している。また、《庭の女性たち》4作品(デトランプ/カンヴァスに貼り付けた紙〈装飾パネル〉、1890~91年)は、屏風仕立ての予定を変更し、装飾パネルとした。四季を象徴する植物文様を背景に、女性と猫や犬を明るい色彩で平坦な画面に長細く描写。ナビ派の画家たちは、パリで1890年に開催された日本版画展などにより、日本美術から多くを学び吸収した。なかでもボナールは「日本かぶれのナビ」と呼ばれた。

  ■エドゥアール・ヴュイヤール:アンティミスト(親密派)の画家
  エドゥアール・ヴュイヤール(1868~1940年)の《八角形の自画像》(油彩/厚紙、1890年頃)は小品だが大変なインパクトだ。強烈な眼差しと補色を広い色面で塗り分けた表現に、観る者の心を捕える。本作は、絵画を自然再現の役割から解き放そうとするもので、1905年に起こった20世紀最初の絵画運動フォーヴィスムの先駆けとされる。また、ヴュイヤールの代表作《公園》(デトランプ/カンヴァス、1894年)の装飾画連作は、5点の連なる画面の巨大さに驚かされる。実業家・ジャーナリストで出版人でもあったアレクサンドル・ナタンソンの依頼により、その邸宅の食堂兼応接間に描かれた、公園で休憩し遊ぶ家族の姿だ。向かって左側に人が集まる構図も、地面の異様とも思える大きさも、日本美術から非対称性や余白の美を学んだ成果である。地面を覆う影が不思議な雰囲気を醸す。落ち着いた中間色が印象深いが、ヴュイヤールは膠を使用してフレスコ画に似た質感を出す手法を本作で獲得し、その後多用した。一方、《エッセル家旧蔵の昼食》(油彩/板に貼り付けた厚紙、1899年)では、練り上げた画面構築で家族の食事風景を描き、彼らの複雑な心理を見事に表現している。彼は日常の情景を好んだため、ボナールとともにアンティミスト(親密派)と称された。

  ■フェリックス・ヴァロットン:「外国人のナビ」
  ナビ派の画家の多くはフランス人だが、フェリックス・ヴァロットン(1865~1925年)はスイス生まれ。遅れてナビ派に参加した。彼の《ボール》(油彩/板に貼り付けた厚紙、1899年)はオルセー美術館のナビ派作品で最も人気があるという。公園で赤いボールを追いかける子どもを上部から描写し、一見すると可愛い場面なのだが、どうも違う。二つの視点を合成させ、奇妙な影も作用し、観者に不穏な気配を感じさせる。ヴァロットンは単純な形態と色彩表現、および風刺的な眼差しによる白黒木版画で成功した後、油彩画でも活躍。室内風景や家族を主題とするが、人間の内面を鋭く観察する冷徹な視線が独特だ。

  ■モーリス・ドニ:「美しきイコンのナビ」/理論家
  会場内に、「絵画が(…)本質的に、一定の秩序の下に集められた色彩で覆われた平坦な表面のことを思い起こすべきだ」との言葉が、パネルで紹介されている。これは、モーリス・ドニ(1870~1943年)が1890年に『芸術と批評』誌に寄稿したナビ派の絵画理論「新伝統主義の定義」の一部だ。ドニは理論家でもあった。赤やオレンジ色の単純な色面で構成された風景らしき作品《テラスの陽光》(油彩/厚紙、1890年)は、上の言葉をそのまま作品化したようだ。彼はまた、熱心なカトリック信者であり、宗教をテーマに独自の解釈を行った多くの作品を手がけ、「美しきイコンのナビ」と呼ばれた。《磔刑像への奉納》(油彩/カンヴァス、1890年)では地上と天上、現実と幻想を融合。《窓辺の母子像》(油彩/カンヴァス、1899年)は自身の妻子を聖母子に重ねる。一方、《ミューズたち》(油彩/カンヴァス、1893年)では神話主題を現代風俗で描きながら、超現実的な世界を表出させた。

  ■ポール・セリュジエ:ナビ派結成のきっかけをつくる
  ナビ派結成の端緒は、ポール・セリュジエ(1864~1927年)が1888年に描いた小作品だった。風景のようだが、再現的描写とは全く異なる《タリスマン(護符)、愛の森を流れるアヴェン川》(油彩/板、1888年)である。赤や黄の鮮やかな色面が、単純化された形態を覆う。これは1888年夏、セリュジエがフランスのブルターニュの小村ポン=タヴェンで知り合ったゴーガンの指導のもとで制作した(なお、ゴーガンはナビ派ではない)。ゴーガンはこの後フィンセント・ファン・ゴッホ(1853~90年)と共同生活のため、アルルに旅立つ。ゴーガンはポン=タヴェンでエミール・ベルナール(1868~1941年)と共に総合主義を確立した。総合主義とは、印象派の解体的で分析的な手法に反する総合、及び主観と観念の総合を目指すもので、反写実的で内面を重視する象徴主義的な主題や、形を平坦な色面で構成する描法などを特徴とし、ナビ派に、そして20世紀のフォーヴィスムから抽象絵画へ連なる現代絵画に、多大な影響を与えることになる。セリュジエは、先の《タリスマン(護符)》をパリに持ち帰ってアカデミー・ジュリアンの仲間に見せた。衝撃を受けた若者たちがナビ派のグループを結成。本作はドニが生涯愛蔵した。セリュジエは神秘的主題も手掛ける。なお、ナビ派の画家たちは20世紀に入るとそれぞれ独自の道を歩んだ。

  ■ナビ派とは何か。「ささやき」と「ざわめき」とは。
  ナビ派は大きく分けると、近代の日常生活を描く画家と、東洋哲学やカトリック神学に影響を受けた幻視的で秘教的な画家の二つのグループがあり、その表現は実に多様である。ナビ派の作品をひとくくりにとらえるのは難しい。本展覧会の開幕に先駆けたプレス内覧会で、監修者のカーン氏は、「総監修者コジュヴァル氏が付した副題の『ささやき』は人間の内面を、『ざわめき』はナビ派のラディカルさを指している。ナビ派の作品は、人間の普遍的言語を語るがゆえに魅力的なのです」と教えてくださった。コジュヴァル氏は、「日本美術と西洋美術を繋ぐ存在としてのナビ派も見てもらいたい」とも語られた。また、三菱一号館美術館館長の高橋明也氏は「ナビ派の特徴は親密さ。この美術館の空間にぴったり合う」とお話なさった。「ささやき」と「ざわめき」の言葉には、観る人それぞれの感覚でナビ派を受け止めてほしい、との願いも込められているように、筆者は感じる。

  19世紀末のパリに、現実の再現から離れた装飾性と目に見えないものを描く内面性をもつ芸術を目指し、それまでの美術と20世紀美術の架け橋となる美術革命を行ったナビ派の画家たちがいた。決して声高にではなく・・。まずは、その世界に浸ってみたい。
  ★三菱一号館美術館は4月29日から5月7日までのゴールデンウイーク中は休まず開館。


【参考文献】
1)三菱一号館美術館、読売新聞東京本社 事業局文化事業部=編集:『オルセーのナビ派展 美の預言者たち―ささやきとざわめき』(展覧会図録)、[イザベル・カーン、ギ・コジュヴァル、杉山菜穂子、高橋明也=執筆]、読売新聞東京本社=発行、2017年。

執筆:細川いづみ (HOSOKAWA Fonte Idumi) 
(2017年4月)

※会場内の風景画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。

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写真1 会場風景。
左から、ピエール・ボナール、《格子柄のブラウス》、油彩/カンヴァス、1892年、オルセー美術館。
右奥は、エドゥアール・ヴュイヤール、《9点の女性習作》、墨/紙、1891年頃、オルセー美術館。
(撮影:I.HOSOKAWA)

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写真2 会場風景。
ピエール・ボナール、《黄昏(クロッケーの試合)》、油彩/カンヴァス、1892年、オルセー美術館。
(撮影:I.HOSOKAWA)

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写真3 会場風景。
左から、エドゥアール・ヴュイヤール、《八角形の自画像》、油彩/厚紙、1890年頃、オルセー美術館。
エドゥアール・ヴュイヤール、《読書する男(ケル=グザヴィエ・ルーセルの肖像》、
油彩/厚紙、1890年、オルセー美術館。
(撮影:I.HOSOKAWA)

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写真4 会場風景。
エドゥアール・ヴュイヤール、左から、
《公園 戯れる少女たち》《公園 質問》《公園 子守》《公園 会話》《公園 赤い日傘》、
デトランプ/カンヴァス、1894年、オルセー美術館。
(撮影:I.HOSOKAWA)

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写真5 会場風景。
モーリス・ドニ、《ミューズたち》、油彩/カンヴァス、1893年、オルセー美術館。
(撮影:I.HOSOKAWA)

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写真6 会場風景。
ポール・セリュジエ、《タリスマン(護符)、愛の森を流れるアヴェン川》、油彩/板、1888年、オルセー美術館。
(撮影:I.HOSOKAWA)

【会期・会場】
2017年2月4日~5月21日  三菱一号館美術館
<電話> 03-5777-8600(ハローダイヤル) 
【展覧会詳細】
http://mimt.jp/nabis/

※本文・図版とも無断引用・無断転載を禁じます。


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