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小林敏也 画本原画展 – 宮澤賢治の世界

◆6月1日まで開催ー高原のミュージアムで触れる宮澤賢治の物語
山梨県の清里高原にある“えほんミュージアム清里”では、現在「小林敏也 画本(えほん)原画展 – 宮澤賢治の世界」が開催されています。
詩人で童話作家である宮澤賢治の世界を、独特の技法とタッチで描く小林敏也さんの原画展です。
子どもも大人も、誰もが親しんできたであろう物語の世界を“えほん”を通して愉しむ。
そんな特別な時間を味わえる展覧会をご紹介します。

小林敏也さんは1947年 静岡県焼津市生まれ。東京芸術大学工芸科を卒業後、デザイナー・イラストレーターとして活躍されており、イラストレーションの周辺も視野に入れたトータルな絵本づくりをめざしている作家さんです。
画本と書いて“えほん”と読む宮澤賢治シリーズの数々は、心象風景が細部まで見事に表現されているうえ、作品ごとに異なる風合いの紙と特色が使われていて、どれもが永久保存版といえるほどクオリティが高いのも特徴です。
この画本シリーズは2003年に「第13回宮澤賢治賞」を受賞。大人も楽しめるこだわりぬかれた作風や装丁に、多くのファンがいらっしゃます。

ふたつ屋根の可愛らしい外観のミュージアム。この日はあいにくの雨模様でしたが、晴れているとまた違った印象になりそうですね。
内装は木のぬくもりが感じられ、こじんまりとして落ちついた雰囲気。会場は二階にも続いており、まるで誰かの別荘にきたような気分です。

◆創作へのこだわりと情熱がつまった小林ワールド
今回の展覧会の見どころは、小林敏也さんが描く宮澤賢治シリーズのうち10作品のなかから、選りすぐられた原画が40点以上並び、各装丁(カバー・表紙・見返しなど)も合わせて鑑賞できることです。
小林さんの、デザイナーやイラストレーターとしての視点が盛り込まれている装丁をみると、色や構図など随所にこだわりが感じられます。
たとえば『猫の事務所』という童話では、最後に猫たちの事務所に獅子が現れ事務所の解散を命じるのですが、表紙には、ペンシルで丁寧に描かれた本編とは異なり、デフォルメされたかわいらしい獅子のイラストが。
カバーの下に隠れて普段あまり目にしない表紙ですが、ラインで象られたシンボルマークのような獅子を発見したとき、細部まで気を配る丁寧なお仕事をされているのだと感激しました。

また青梅で「山猫あとりゑ」という名のアトリエを営む小林さん。自然のなかでの生活を大切にしてらっしゃる様子からも宮澤賢治の世界の住人(山猫?)のような雰囲気の方なのですが、物語に登場しそうな外観や中の一部も写真パネルでご覧いただけます。
アトリエから飛び出してきたような、作品にまつわるオブジェやラフスケッチなどもありました。

原画は、作品によって技法が異なるのでそれぞれ比べながら観るとおもしろいかもしれません。
中でも、小林さんの代表的な技法ともいえるのが「スクラッチ」。
スクラッチボードと呼ばれる板に黒色を塗り専用のペンでひっかくように描いていくと、下の白色がシャープな線や面となって現れてくる技法です。
原画自体はモノクロですが、実際の画本を手に取ってみると、一般的なカラー印刷とは違う特色を使った2色・3色刷りの場面があります。
これは原画を印刷用に製版したあと1色ずつ重ねて印刷をしているのだそうです。
つまり色指定をしたぶん版も増えるので、一つの場面でも原画が二枚から三枚の構成になっているものもあるのです。
画本の色味を想像して来られた方の中には、モノクロ原画を観て驚かれる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
しかしこの技法で創られた作品を観ると、色付きの原画を元に再現性を重視し印刷される他のえほんとは違い、思ったとおりの色で印刷された“画本”を読者に届けている小林さんの、えほんづくりへの情熱が感じられます。

今回展示されている中で、スクラッチの作品は『どんぐりと山猫』『銀河鉄道の夜』『注文の多い料理店』『やまなし』『雪わたり』の5つ。
特に『銀河鉄道の夜』の細かさは画本を見てもわかるのですが、原画では、出版された当時の印刷では反映されなかった極細の線も発見できます。
宮澤賢治の代表作のひとつとも言われタイトルからしてもロマンチックなのですが、個人的には哀しく、切なく、美しく、そして少し怖い印象をもっているので、小林さんが描く世界に共感する部分も多々ありました。
近づいてみて、星空や宇宙の情景など繊細な表現をぜひ確かめていただければと思います。

でもこのスクラッチという技法、こんなに細かな線を描いているとき、もし間違えてしまった場合はどうするのでしょうか。
小林さんに尋ねてみました。
「削ってしまったところは黒で埋めて消していきます。その真上に新しい線は引けないけれど、近いところにまた描く。
 埋めた部分と交差する線を描くときは、重なるところが点になりやすいという認識をもって描いていくか回避するしか仕方がない」とのこと。
スクラッチ専用のペンも何種類かあり、使い分けながらの細かい作業は気が遠くなるように思えますが、小林さんが職人のように寡黙に創作に打ち込んでいる姿が目に浮かびました。

他にも、二疋(にひき)の蟹の子どもたちが水底で会話をしている『やまなし』という作品があります。
この物語には思い入れがあり大好きなのですが、小林さんの画本は小さな頃から読んできた『やまなし』のイメージにぴったりでした。
「谷川の底を写した二枚の青い幻燈」この言葉がもつ《ふたつの季節と時間》の、透明感のある水の青がとくに美しく表現されています。
カバーの原画は3枚構成となっているので、比べて観ると立体的な構図の秘密がおわかりいただけることでしょう。

また、油彩や水彩で描かれたカラーの原画も小林さんの個性がきらりと光って見ごたえがあります。
油彩なの?と思うような淡く優しいタッチの『風の又三郎』、ひときわ大きい作品で、空の描写がドラマチックな『よだかの星』、小さいながら息をのむような美しさが滲みでている水彩の『黄いろのトマト』。
『よだかの星』の原画で注目していただきたいのは、葉っぱのスタンプ(数種類)が使われている場面です。
一見描かれているようにも見えますが、葉の裏面に色を塗り、葉脈の形が出るように押されています。
天体や動植物など自然への好奇心に溢れその描写力に富んだ宮沢賢治。
そんな彼を敬愛し、ご自身も青梅の大自然に囲まれて暮らす小林さんならではの魅力がつまった作品となっています。

そして2階の奥、壁一面にどーんと『雨ニモマケズ』全編。アトリエで刷られた木版画が飾られています。
黒一色ですが、こうして並ぶと迫力がありますね。
文字も画の一部として描かれているので、小林さんが想像する詩の世界観がダイレクトに伝わってくる気がします。
色鮮やかな画本のページをそのままパネルにしたものも展示されているので、見比べて楽しめるのではないでしょうか。


◆えほんを読みながらくつろげる場所も

階下を見下ろすとまるでリビングのようなカフェスペースが。
奥にもいくつかテーブルと椅子があり、えほんを読んだりサービスの飲みものを頂ける休憩場所として心地よい空間が広がっています。
テーブルの上に何気なく置かれているのは・・・そう、『注文の多い料理店』のラストシーン、顔が紙くずのようにくしゃくしゃになってしまった二人の紳士のパネルです。
画本の最後のページをパネルにしたもので、顔の部分がくり抜かれており、紙を丸めて好きな顔を描いてはめられるようになっています。
この日訪れていたお子さんたちも、仲良く顔をはめて遊んでいました。ほっこりしますね。

隅のイーゼルの上とその横に飾られている作品は、小林さんが自ら刷られた『雨ニモマケズ』の版画。額付きで販売されています。
また併設する物販コーナーには、パロル舎や好学社刊行の画本シリーズの他に、えはがきセットやお手頃価格の複製画(大・中・小/各二種)もありました。
複製画はサイズ種類ともに豊富なので、気に入った作品があればお部屋に飾っても良さそう。プレゼントにも喜ばれるかもしれません。

えほんミュージアムのある清里高原は、これから気持ちの良い新緑の季節がやってきます。
晴れた日には周辺をゆっくり散歩したり、緑の牧草地に面したバルコニーでホッとひと息ついたり‥‥。
宮澤賢治の物語を愛する小林敏也さんの“えほんづくりへの情熱”に触れながら、優雅な休日をお過ごしになってはいかがでしょうか。

「小林敏也 画本原画展 – 宮澤賢治の世界@えほんミュージアム清里」は、6月1日(月)まで。

◆えほんミュージアム清里 information
開館時間=9:30am-5:30pm
入館料(飲み物付)=一般750円、小中学生400円
休館日=火曜日 ※ただし5月5日(火)は開館、5月13(水)振替休館
住所=〒407-0301 山梨県北杜市高根町清里3545-6079/TEL=0551-48-2220
電車=JR小海線清里駅から山梨交通清里ピクニックバス清里周遊で7分、「黒井健絵本ハウス」下車、徒歩5分
お車=駐車場あり(無料)
併催=リサとガスパール 絵本原画展
詳しくはWEBSITEをご覧ください。 http://www.ehonmuseum-kiyosato.co.jp

◆おまけ – 小林敏也さん出演情報
5/16(土)第12回月夜の幻燈会『どんぐりと山猫』@小平市立中央公園雑木林
詳しくは→ http://dongurinokai.net/?p=6248

文・写真=ふじきゆみこ


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