芸術広場|Office I Ikegami blog

日伊国交樹立150周年記念 カラヴァッジョ展

美術史を塗り変えたカラヴァッジョの革新とは。
国立西洋美術館にて6月12日まで開催。来館者30万人突破(5/25現在)

  ■見応えのあるカラヴァッジョ展。国立西洋美術館は世界遺産登録へ。
  5月17日、うれしいニュースが飛び込んだ。文化庁より、東京・上野にある国立西洋美術館が7月に世界文化遺産に登録される見通しとなったことが発表された。近代建築の父ル・コルビュジエ(1887~1965)が設計した世界各国の17の建築作品群が世界遺産に登録予定となり、1959年竣工の国立西洋美術館が含まれる。実現すれば、日本で20件目、東京都内で初めての世界遺産となる。

  この国立西洋美術館で、16世紀末から17世紀にかけて活躍したイタリアの巨匠カラヴァッジョ(1571~1610)の展覧会が開催中だ。彼はバロックという新しい芸術を切り開いた改革者の一人である。連日、盛況で5月25日に来館者30万人を突破。本展覧会はロッセッラ・ヴォドレ氏(美術史家、前ローマ国立文化財・美術館群特別監督局長官)および川瀬佑介氏(国立西洋美術館研究員)の監修による。専門家誰もが、これほどの作品がよくぞ揃った、と高く評価する内容だ。カラヴァッジョの真筆が11点出品。現存の真筆作品は60強とされ、教会に設置されているものも多いため、注目すべき世界初公開の《マグダラのマリア》を含む彼の代表作に接することのできる本展は、世界的にみても稀有な機会である。

  「風俗」「五感」「静物」「肖像」「光」「斬首」「聖人」などのキーワードごとに章を設け、初めにカラヴァッジョの作品、次いで影響を受けた重要な継承者(カラヴァジェスキ)の作品を紹介するという構成をとり、総作品数は51点。見応えのある一作一作を追って会場を辿るうちに、カラヴァッジョの画業と数奇な生涯、そして彼の芸術の影響と変容の過程をつかむことができる。

  ■展覧会構成
  展覧会の会場は、次の七つの章とおよび一つのミニ・セクションから成る。
  Ⅰ 風俗画:占い、酒場、音楽/Ⅱ 風俗画:五感/Ⅲ 静物/Ⅳ 肖像/Ⅴ 光/Ⅵ 斬首/Ⅶ 聖母と聖人の新たな図像/[ミニ・セクション]エッケ・ホモ
  以下、会場での展開とは別のかたちになるが、カラヴァッジョの生涯を追いながらその作品を中心に紹介したい。

  ■生存中もいまもイタリアで絶大な人気。影響力の大きい画家
  カラヴァッジョの作品は制作時に人々を熱狂させ、数多のカラヴァジェスキを生み、彼の影響はピーテル・パウル・ルーベンス(1577~1640)、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593~1652)やレンブラント・ファン・レイン(1606~69)らにも及んだ。現在も欧州で人気は絶大。イタリアではユーロが導入以前のイタリアの一番高価な10万リラ札にカラヴァッジョの肖像および作品の《女占い師》と《果物籠》(共に本展に出品無し)が印刷されていた。彼の正式名はミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ。1571年にミラノで生れ、近郊のカラヴァッジョで育った。よって、カラヴァッジョは町の名でもある。ローマで活躍したが、1606年に殺人事件を起こし、逃亡生活の果てに1610年に38歳で亡くなる。

  ■初期:ローマにて風俗画など
  カラヴァッジョは、ミラノにてシモーネ・ペテルツァーノ(1535~99)に絵画を学び、1595年頃にローマへ出たとされる。その頃のローマは教皇シクストゥス5世(在位1585~90)による劇的な都市改造中。聖堂や宮殿が建造・改造を行い、芸術家が集った。カトリック教会では内部改革としての対抗宗教改革運動の中で、布教における美術の有効利用が認識され、観る者にわかりやすく訴える美術が求められていた。なお、日本との関連事項を付記すると、1585年に天正少年使節がローマ教皇グレゴリウス13世に謁見。1597年には豊臣秀吉が長崎の26人のキリシタンを処刑し、この事件はカトリック世界に震撼させた。

  カラヴァッジョはローマで身近な人々や自分をモデルに風俗画を描いた。初期の作品は、人物の半身像や写実的で精緻な静物表現が特徴とされる。彼にとって幸運だったのは、高い教養をもつフランチェスコ・デル・モンテ枢機卿(1549~1627)との邂逅だ。枢機卿は無名のカラヴァッジョの才能を見出しその元に寄寓させ、カラヴァッジョはローマの貴族らの知遇を得ることになる。

  ●≪女占い師≫ 本展で最初に出会うのが、カラヴァッジョの≪女占い師≫(1597年、ローマ、カピトリーノ絵画館)(※以下、画家名がないものは、全てミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ作)だ。画面に二人の男女の半身像。光沢のある黄と黒の対比が美しい衣裳の若者は裕福そうだ。白色に青と赤の独特の衣裳は若いロマの女占い師。彼女は若者の手相を見るふりをして、指輪を抜き取る。背景を一切描かず、騙し騙される一瞬を演劇のように描写。本作は、16世紀の当時の衣裳をまとっていることと、背景と切り離して主題の核心のみを表現した点が、斬新で衝撃的だった。

  ●≪トカゲに噛まれる少年≫ 薔薇の花を耳に挿した若者がトカゲに噛まれた瞬間をとらえたのが≪トカゲに噛まれる少年≫(1596~97頃、フィレンツェ、ロベルト・ロンギ美術史財団)である。「五感」の章に展示。顔をしかめて目から涙を流し、手を掲げ、痛みや驚きや恐怖を表現。花を生けたガラスの花瓶に室内の窓を詳細に映し出す細部も見事だ。本作は、ミケランジェロ・ブオナロッティ(1575~1664)が「泣いた顔は笑った顔より描くのがはるかに難しい」と言ったとの伝承を意識して、取り組んだ課題といわれる。

  ●≪果物籠を持つ少年≫ ≪果物籠をもつ少年≫(1597年、ローマ、ボルゲーゼ美術館)は、リンゴ、洋梨、ブドウなどが入った籠を手にして正面を見つめる美少年の半身像だ。「静物」の章に出品。果物一つ一つがみずみずしく、手を伸ばせば触れられそうだ。透徹したリアリズムに驚嘆した。このような写実的表現はカラヴァッジョの生地ロンバルディア地方で育まれた。果物や葉はよく見ると虫食いや枯れた部分も描かれていて、伊藤若冲(1716~1800)の《動植物綵絵》がふと頭をよぎった。人物像は、果物の籠とは対比的に柔らかい描法。斜め上から射す光によって影が背面に落ち、写実性をいっそう増加させている。

  ■円熟期:ローマにて斬新な宗教画を中心に
カラヴァッジョは1600年に公的な大仕事を成功させた。サン・ルイージ・デイ・フランチェージ聖堂コンタレッリ礼拝堂側壁の《聖マタイの召命》と《聖マタイの殉教》(※本展に出品無し。聖堂に設置の作品)である。ともに縦横3mを超す大画面。前者の主題は、戸口に現れたイエスが、漆黒の闇の中で閃光のような光とともに徴税使レビを指さし、「私についてきなさい」と言う。レビはのちに使徒マタイとなる。この作品は当世風の身なりの男たちを配した風俗画的手法を用いた宗教画で、暗い空間に差し込む光が劇的な効果をもたらし、大評判になった。後者はやや複雑な群像表現。画家自身も描かれているとされる。カラヴァッジョはこのあと数多くの注文を受けるようになり賞賛を得た。しかしその一方、従来の宗教画との違う大胆な作風は、品位に欠けるなどと聖職者から反発されることも多かった。続く聖マタイ三連作となる《聖マタイと天使》は受取りを拒否され、1602年に描き直した。

  ●バリオーネ裁判などの古文書史料 カラヴァッジョは栄光の蔭で、喧嘩や暴行事件を頻発し、度々逮捕されるようになった。1603年にはライバルの画家ジョヴァンニ・バリオーネ(1566~1643)から誹謗中傷する文書を回したかどで訴えられ、バリオーネ裁判が開かれたが、本展ではその裁判記録を含む古文書史料も出展。イタリア国外での初公開だ。ここにはカラヴァッジョの芸術観も記述されている。またバリオーネ自身がカラヴァジェスキだったことも面白い。「肖像」の章にそのことを明確に示すバリオーネの優れた≪自画像≫(1606年頃、マドリード、コロメール・コレクション)も出品されている。

  ●≪エッケ・ホモ≫ 最終章に出展されている《エッケ・ホモ》(1605年、ジェノヴァ、ストラーダ・ヌオーヴァ美術館ビアンコ宮)は、強烈な光が当たったキリストの、静かな表情が観者に迫る。「エッケ・ホモ」とは、ユダヤのローマ総督ピラトが、キリストを捕え、群衆に向かって発した「この人を見よ」を意味する言葉。ピラトは兵士たちにキリストを鞭打たせ、嘲弄させ、民衆に晒す。カラヴァッジョがマッシミ・マッシミ(1576~1644)の依頼で描いた作品だ。マッシミはその後、他の画家にも同主題を依頼。本展ではそのチゴリ(ルドヴィコ・カルディ)(1559~1613)による≪エッケ・ホモ≫(1607年フィレンツェ、ピッティ宮パラティーナ美術館)が並べて置かれている。貴重な比較展示である。

  ■晩期:逃亡生活のなかでの制作
  カラヴァッジョはかねてから対立していた連中と乱闘し、1606年3月殺人を犯し、ローマを逃亡。死刑宣告が出され、彼はナポリ、マルタ島、シチリア島のシラクーザ、メッシーナ、パレルモを経て、1610年に恩赦を求めてローマへ向かうが、ポルト・エルコレで熱病にかかり、38歳で没した。その間、制作を継続し傑作を残した。晩期の作品は、光と闇の対比、人物の素早い筆致、そして真摯で内省的な雰囲気などが特徴とされる。

  ●≪エマオの晩餐≫ 「光」の章に展示されている《エマオの晩餐》(1606年、ミラノ、ブレラ絵画館)については以前、若桑みどり先生から、「闇が主役となったとされる、非常に高い評価を得た作品。光が精神性を表現している」とうかがったことがある。主題は、使徒たちの前に現われた男と夕暮れにともに食卓についたとき、使徒たちの心の目が開き、彼が復活後のキリストであることを知るという内容。深い闇の中に左だけ光が当たったキリストの表情や両手の動きが印象深い。静かに強く心に迫るものがある。画家の敬虔な信仰心を強く感じる。貧しい身なりの人々の身のこなしも印象深い。この作品を観た人々は、日常に聖書の物語が重なるような絵画にリアリティーを感じただろう。

  ●≪法悦のマグダラのマリア≫ 「聖人」の章に出品されている《法悦のマグダラのマリア》(1606年、個人蔵)は、世界で初めて本展で公開された。漆黒を背景にして、斜め下半分に描かれた白いシャツに赤のマントの長い金髪のマグダラのマリアが光の中に浮かび上がる。骸骨を下に手を組み、天を仰ぎ涙を流す。祈りの過程での法悦を描き、やや開いた口の下唇には血の気がなく極限の肉体の状況を表す。この構図は人気があり、模作が多く制作された。第一作が探されていたが、遂に発見され、2014年に本作をカラヴァッジョの真筆の第一ヴァージョンとして発表。この作品からも深い信仰心が呼び覚まされる。カラヴァッジョが、亡くなったポルト・エルコレに持参した3作品の一つと考えられている。

  ■多様なカラヴァジェスキの作品
  展覧会場では、カラヴァッジョの継承者カラヴァジェスキたちの珠玉の作品が多数紹介され、その影響の強さを示すとともに、多彩な絵画を楽しめる。筆者はスペイン生まれのジュゼペ・リベーラ(1591~1652)による≪聖ペテロの否認≫(1615~16年頃、ローマ、コルシーニ宮国立古典美術館)に、カラヴァッジョの《エマオの晩餐》との共通性を感じ、重厚さと高い精神性の点で印象深かった。また楽器を奏でる人々の様子を描いた作品群に親しみを覚えた。ピエトロ・パオリーニ(1603~81)の画面から音楽があふれるごとき《合奏》(ミラノ、フランチェスコ・ミケーリ・コレクション)やオラッツォ・ジェンティレスキ(1563~1639)の可憐な《スピネットを引く聖カエキリア》(1618~21年、ペルージャ、ウンブリア国立美術館)などだ。

  ■カラヴァッジョの革新性とは
  カラヴァッジョは美術史を塗り変えたといわれる。その革新性とは何か。本展監修者のロッセッラ・ヴォドレ氏が内覧会にて次のようにお話なさった。「カラヴァッジョの描法の特徴は、第一にリアリズム。つまり理想化せずに写実的、自然主義的に描いたこと。作品には当時のローマで普通に見かける人々が描かれている。第二に独特の光の描き方。当時の光は全体を照らすのが通常だったが、カラヴァッジョは強調したい人を強く光らせるように光を当てている。第三に独創的な図像の構図。何も一切描かない黒色の背景に、実物大の人物を配し、絵から浮き出るように見せる。まるで観る者を巻きこむような描法。これらが絵画に新奇性をもたらしました」と。

  なお、カラヴァッジョが活躍した当時のローマには、新しい二大潮流があったことを付け加えておきたい。ともにルネサンス以降に単純な構図を避けて複雑化し極度に技巧化したマニエリスムから脱出を図るものだ。一つは、自然主義と強烈な明暗法によるリアリズムのカラヴァッジョ。もう一つは、アンニバレ・カラッチ(1560~1609)である。カラッチはボローニャ出身の画家一族で、ローマに出てから古代やラファエロ・サンティ(1483~1520)らのもつ古典美を理想としつつ、自然主義表現を目指した。装飾性が強く、折衷様式ともいわれる。動的な群像表現や錯視効果も得意。交流のあった二人はともに絶大な人気を博した。彼らの革新的描法は外国へも伝播し、欧州を中心に壮麗で過剰なバロックという壮大な芸術を形成していく。

  ■6月から開館時間を延長。お見逃しなく。
  筆者は、カラヴァジョの作品全体から清澄さや精神の高みを感じた。攻撃的な性格でついに殺人を犯してしまったその波乱の生涯と、彼が生み出した作品のギャップが不可解でもあり、興味深くもある。

  最後に一つ、照明について補足したい。漆黒の背景の絵画は展示すると、どのようにしても光ってしまい鑑賞しにくくなる。世界の美術館共通の悩みとのことだ。しかし本展では、ある照明の工夫によりそれが解決されている。見事な美しさで我々に迫ってくる作品群は、関係者の熱意の賜物でもあるのだ。

  なお本展は、6月1日(水)からは、下記日程で開館時間を午後8時まで延長が決定。
  日程:2016年6月1日(水)~4日(土)、7日(火)~11日(土)
  *3日(金)、10日(金)は夜間通常開館日。 *6日(月)は休館日。

  必見のカラヴァッジョ展。是非お足をお運びください。


【参考文献】
1) 川瀬佑介、ロッセッラ・ヴォドレ= 責任編集/川瀬佑介、渡辺晋輔、NHK、NHkプロモーション、読売新聞社=編集:『日伊国交樹立150周年 カラヴァッジョ展』(展覧会図録)、国立西洋美術館、NHK、NHKプロモーション、読売新聞社=発行 、2016年。
2) 宮下規久朗:『もっと知りたいカラヴァッジョ 生涯と作品』、東京美術、2009年。

執筆:細川 いづみ (HOSOKAWA Fonte Idumi) 
(2016年5月)


※会場内の風景画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。

20160604_001
写真1 カラヴァッジョ《エマオの晩餐》、1606年、ミラノ、ブレラ美術館。
Photo courtesy of Pinacoteca di Brera,Milan

20160604_002
写真2 会場風景。カラヴァッジョ≪女占い師≫、
1597年、ローマ、カピトリーノ絵画館。
(撮影:I.HOSOKAWA)

20160604_003
写真3 会場風景。カラヴァッジョ≪トカゲに噛まれる少年≫、1596~97年頃、フィレンツェ、ロベルト・ロンギ美術史財団。(撮影:I.HOSOKAWA)

20160604_004
写真4 会場風景。カラヴァッジョ《法悦のマグダラのマリア》、1606年、個人蔵。
(撮影:I.HOSOKAWA)

20160604_005
参考写真(※本展に出品無し。聖堂側壁に設置の作品) 左から、カラヴァッジョ《聖マタイの召命》、1600年。
カラヴァッジョ≪聖マタイと天使≫、1602年。
ローマ、サン・ルイージ・デイ・フランチェージ聖堂コンタレッリ礼拝堂。
(撮影:I.HOSOKAWA)

【展覧会欧文表記】 
150th Anniversary of Diplomatic Relations between Japan and Italy
CARAVAGGIO and his Time: Friends, Rivals and Enemies
【会期・会場】
2016年3月1日~6月12日  国立西洋美術館
<電話> 03-5777-8600(ハローダイヤル)
<展覧会詳細> http://caravaggio.jp


※本文・図版とも無断引用・無断転載を禁じます。


Comments are closed.

過去記事

カテゴリー

Twitter