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声ノマ 全身詩人、吉増剛造展

  耳を澄まし、目を凝らし、吉増剛造の破格の詩の世界に浸る。
  不思議な吸引力をもつ展覧会。

  ■多様な表現形式すべてが詩である。
  東京国立近代美術館で開催中の「声ノマ 全身詩人、吉増剛造展」は、日本を代表する現役の詩人 吉増剛造(よしますごうぞう)(1939~)を紹介する展覧会である。

  本展には意表を突かれることが幾つもあった。まず、美術館での詩人の展覧会という企画だ。一体どのような展覧会なのだろうと思いながら会場にはいると、内部がいつもの東京国立近代美術館とは異なる様相に変貌している。暗黒が広がり、揺らぐ黒の遮幕で覆われたゾーンを、幕に透けて少し見える隣の様子も意識しながら歩む。深海を泳ぐように、太古の洞窟の壁をつたうように、耳を澄まし、目を凝らして進む。そうするうちに天井や壁から声が降ってくる。声の主は吉増さん。やわらかい声が語りかけてくる。通常の美術展は視覚を重視するが、本展は「声の存在」を強く認識させる。ふっと新しい世界が開ける思い。そして写真、映像などの作品を経て、数百葉に及ぶ〈怪物君〉の形容しがたい迫力の作品群に出合う。これら多様な表現形式のすべてが、吉増の詩の世界なのである。

  ■本展の趣旨と展覧会構成  
  吉増剛造は、しばしば漢字をカタカナに置き換えることで、言葉が本来もっていた声や音を回復させる。また、自身のメモとして自分の声を録音することや、詩作の朗読パフォーマンスもよく知られる。本展は、吉増を「耳を研ぎ澄ます詩人」ととらえ、吉増と「声」との様々な関わりを提示する中で、その詩作の全体像をとらえる。展覧会タイトルの「声ノマ」は、吉増が「声の真」を求め「声の間」を研究する「声の魔」であることなどの意。本展の企画構成は、東京国立近代美術館主任研究員の保坂健二朗氏によるものだ。

  展覧会構成は、以下の9つのゾーンから成る。
  1日誌・覚書/2写真/3銅板/4〈声ノート〉等/5自筆原稿/6〈gozoCiné〉/7怪物君/8(飴屋法水による〈怪物君〉をモチーフにした空間)/9コラボレーション
  その一部を紹介したい。

  ■写真/銅板/〈声ノート〉等
  ●多重露光による写真 やわらかな光が回る夢現のような静かで美しい写真作品が並ぶ。例えば、青空を背景に上部に円をぐるぐると描く鉄条網が伸び、その下に黄色い車体のバスが走り、二つの日付が読み取れる。作品名は、〈Arizona, School Busニ眼は、そこに、眼ノ光ノ傷口ヲ、……〉より。(制作年不詳)(※以下、特に記述のない作品は、すべて作者は吉増剛造。作家蔵)。縦長の画面いっぱいに、咲き誇る木蓮と地面に散った花びらが広がり、白く光る四角の形態が重なる作品は、〈どうしてこんなにも白木蓮が散り敷く光に心をうばわれるのでしょうか、……〉(制作年不詳)。いずれも多重露光の手法がとられ、重なった写真にさらに作品名の言葉の力が重なり、静寂が深まるようだ。

  ●銅板への打刻 赤銅色の薄い板や長くのばされた長尺の巻物が床に置かれ、照明で表面が輝いている。近づくと、日本語、英語、ハングルの文字などが彫られている。これは彫刻家 若林奮(わかばやしいさむ)(1936~2003)から送られた銅板に、吉増が自分や他の詩人の言葉を打刻した作品。使った道具は、やはり若林からの贈り物の鏨(たがね)とハンマーだ。二人の協働作業による作品といえる。前に立つと、言葉に生命を宿していくように吉増が制作する情景がその音とともに想像できる。会場でカチカチと音が鳴っている。

  ●自分の声を録音した〈声ノート〉等 長方形のスペースに斜めに一本の線が通っただけのシンプルな空間の、その線上にカセットテープがのる。約1000本という。吉増がメモとして自分の声を録音した〈声ノート〉だ。恐山のイタコらの声を録音したもの等も加わる。それを見て回るうちに、天井から吊られた10本ほどの細いスピーカーから、吉増のさまざまな声が降ってくることに気付く。まさに声の展示だ。あれこれ語るその声の不思議な吸引力。彼は「…こうした『荒地』のような作品を、もっと深くて豊かな作品を残すこと、同時代人に残すこと、それが、最終目標だね。…」などと〈声ノート〉で述べている。

  ■驚くべき〈怪物君〉 
  〈怪物君〉は本展の中心といえる膨大な作品群。2011年の東日本大震災の1年後に開始され、亡くなった人たちに捧げるものという。これは2種類に大別され、ひとつは白色の巻物のような体裁で、吉増剛造自身の詩作を赤、青、黒色の小さな文字でしたためたもの。切貼りが重ねられ、詩は囁いているようにも感じられる。作品が展示されている壁に近づくと、吉増による劇的な朗読が実際に聴こえてくる。もうひとつは、色鮮やかな四角い形状の作品が数百枚も並び、渦巻くエネルギーを放つ。こちらは、吉増が原稿に切り込みを入れるように罫線を引き、彼が尊敬する吉本隆明の『日時計篇』等の著作を書き写し、それに多彩な色彩の水彩を施したドローイングのような作品だ。書き写しの方法は、吉本の元の文章の漢字と平仮名はカタカナに、カタカナは平仮名にという「翻訳」がなされている。そこに「なんとも魔的な、陶酔的な感覚」が起きるという(参考文献2の283頁より)。〈怪物君〉の制作プロセスも映像で紹介されている。

  ■コラボレーションによるパフォーマンス
会期中、吉増剛造との関係者との対談やコラボレーションによるパフォーマンスなどの催しも数多く行われ、盛況である。筆者は、6月18日の吉増とバンドの空間現代とのパフォーマンスを観た。演出家の飴屋法水が創った展覧会出口のスペースに、あらかじめ吉増が座り、観客がかなり接近して円形に取り囲む。そこに空間現代のメンバーが登場し、リードギター、ベース、ドラムの3人が吉増を守るように三角形に立ち、いよいよ演奏が始まる。強烈なリズムが爆発するようだ。その中で吉増は、先述の若林奮から贈られたハンマーを手にし、詩集を叩きながら、詩を朗読、いや、うなるようにヴォーカルを行う。両者が重なり、激しい震動のようなものが巻き起こり、そこに集った皆で、重い何かを共有した感触をもった。

  ■吉増剛造について
  吉増剛造は東京に生まれ、慶應大学文学部国文科卒業後、25歳で初の詩集を出版以降、50年以上にわたり詩作を行ってきた。2013年に文化功労者、2015年に日本藝術院賞・恩賜賞を受賞。代表的詩集に『黄金詩篇』(高見順賞)、『熱風a thousand steps』(藤村記念歴程賞)、『オシリス、石ノ神』(現代詩花椿賞)、『「雪の島」あるいは「エミリーの幽霊」』(芸術選奨文部大臣賞)、『表紙omote-gami』(毎日芸術賞)、『怪物君』など。吉増は詩作を朗読パフォーマンス、写真、映像、銅板制作などに拡張させ、多彩に展開。

  ■「やわらかい魂が宿るもの」/詩の重要性を問う
  本展開幕前日の内見会で、吉増剛造氏は「京都で見た空海の書に、実に生き生きした空気を感じたことがある。呼吸が伝わってくる。この『手控え性』の中にやわらかい魂が宿っている。まずはこういうことを回復しなければと思う」「発声は脳の中に突っ込んでいくこと。詩の劇化の進行形の状態を、空海の書がもつ手控え性ととらえる」などと話された。また、企画構成を行った保坂健二朗氏は「なぜ美術館で詩人の展覧会をするのかと疑問に思うかもしれないが、造形美術の根源に詩(ポエジー)があること、ダダなど近代美術においても詩の重要性が大きかったことを鑑み、本展であらためて詩が現代においても重要であることを示したかった」と語った。

  本展では吉増剛造の詩作の在り様とエネルギーに圧倒された。筆者にとって吉増の詩は難解という印象だったが、いまは声を出して読んでみたりもしている。この展覧会は、優れた手法で、観る者を吉増の創り出す破格の詩の世界に近づけてくれる。詩というものの固定概念を揺るがし、不思議な豊穣感をもたらしてくれる。そして、我々に、先へ行く際の手がかりを示唆しているようだ。

  本展で是非、吉増剛造の詩に親しんでほしい。なお展覧会図録は、吉増の〈声ノート〉を収録したCD2枚付きの充実した内容で、A5判の持ちやすいサイズ。装幀・デザインは服部一成と佐藤豊氏によるものだ。宜しければ、こちらもお薦めしたい。


【参考文献】
1)保坂健二朗・左右社 編集:『声ノマ 全身詩人、吉増剛造展』(展覧会図録)、東京国立近代美術館 発行、2016年。
2)吉増剛造:『我が詩的自伝 素手で焔をつかみとれ!』(講談社現代新書)、講談社、2016年。
3)吉増剛造:『吉増剛造詩集』(ハルキ文庫)、角川春樹事務所、1999年。
4)吉増剛造:『熱風 a thousand steps』、中央公論社、1979年。

執筆:細川 いづみ (HOSOKAWA Fonte Idumi) 
(2016年7月)


※会場内の風景画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。

20160713-001
写真1 会場風景。
吉増剛造〈怪物君〉、2012~2016年、作家蔵。
©Gozo Yoshimasu(撮影:I.HOSOKAWA)

20160713-002
写真2 会場風景。
吉増剛造。若林奮との協働作業。
≪長尺銅板≫、1999~2000年,2001年、2001~2003年、作家蔵。
©Gozo Yoshimasu(撮影:I.HOSOKAWA)

【展覧会欧文表記】 
 The Voice Between: The Art and Poetry of Yoshimasu Gozo
【会期・会場】
 2016年6月7日~8月7日  東京国立近代美術館
<電話> 03-5777-8600(ハローダイヤル)
<展覧会詳細> http://www.momat.go.jp/am/exhibition/yoshimasu-gozo/

※本文・図版とも無断引用・無断転載を禁じます。


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