芸術広場|Office I Ikegami blog

1920~2010年代 所蔵工芸品に見る 
未来へつづく美生活展

近代KOGEIが志向したものとは何か。
東京国立近代美術館工芸館で感じる、豊かな時間。

  東京・竹橋にある東京国立近代美術館の本館を過ぎて、上り坂の道を千鳥ヶ淵の方に数分歩くと、赤煉瓦2階建の重厚な洋館が見えてくる。三角の破風が印象的なこの建物は重要文化財。1910(明治43)年に近衛師団司令部庁舎として建設され、1977(昭和52)年に東京国立近代美術館工芸館として開館した。ここには明治から現代までの陶磁、ガラス、漆工、竹工、染織、人形、金工、工業デザイン、グラフィックデザインなど約3400点の工芸やデザイン作品が所蔵されている。

  現在、1920年以降に制作された多様な所蔵品を中心とした約140点により、近代工芸が志向した「暮し」を探る展覧会が開かれている。(【注意】以下、作品の所蔵につき表記の無いものは、全て東京国立近代美術館所蔵。)

  ■工夫された展示により、感じとれる展覧会 
  本展の第一の特徴は、観る者が展示空間に身を置くことで、自然に展覧会の目的を感じとれることだろう。
  第一室の着物を例にとってみる。森口華弘の(1909~2008)《縮緬地友禅笹文着物 残雪》(1969)は薄桃色とグレーを基調に笹の葉文様が全体に軽快に散りばめられる。伊砂利彦(1924~2010)の《きもの ローマの松》(1967)は緑とグレーの地が斜めに大胆に分割されている。また、志村ふくみ(1924~)による《紬織着物 水煙》(1963)は白色と藍色のグラデーションをもつ水平線が重なって水しぶきのような幻想的な世界。これは「つなぎ糸」という色糸を直感的に織り込んでいく技法によるもので、糸のつなぎ目の膨らみも独特の趣だ。志村は紬織に新しい豊かな色彩をつくり出した。一方、土屋順紀(1954~)の《紋紗着物 月光》(2001)では黄色地の幾何学模様にグラデーションが見られ、全体に光るような不思議な印象。共通に感じられるのは、奥深い色彩と斬新なデザインと高度な洗練だ。そして1960年代の作品の魅力が2000年代の作品に引き継がれていることが自然に見えてくる。

  全体にわたっては、陶磁、ガラス、漆工、竹工、染織、金工など多様な素材の工芸品を混在させ、配置を工夫した展示がなされているので、様々な表情を味わいながら工芸全体が志向するものを感じることができる。色々な発見もできる。例えば陶器や漆器の茶道具が展開するなかに、紺色のガラスの水指がふっと姿を見せる。岩田藤七(1893~1980)の《水指 彩光》(1976)だ。彼は江戸期のガラス技術を学び、1939年の個展で早くもガラスの茶道具を発表。透明ガラスを高く評価する常識を打ち破り、宙吹き色ガラスづくりに挑戦した。涼やかな造形に岩田の革新への熱意が漂う。また、幾何学的彫刻のような杉田禾堂(1886~1955)の《用途を指示せぬ美の創案》(1930)や高村豊周(1890~1972)の《青銅花瓶》(1926頃)の存在感も印象的だ。彼らは、西欧で起こった構成主義やアール・デコなどに影響され、1926年に工芸家団体「无型」を結成して活動したが、「用」とはかけ離れていると批判された。しかし、彼らの作品は、日本で欧米的生活の定着が始まり機能主義のデザインが見られる1920年代から、その後の出品作に一貫して通底するモダニズムへの憧れを明確に示しているように見える。

  さらに当時の暮しを描いた2点の日本画が出品され、示唆的である。日本美術院で活躍し、当時の現代風俗をリアルに描写した中村貞以(1900~82)の代表作の一つ《浄春》(1947)は、椿の茶花を活けた和室に和服の女性が正座して茶道をする様子。清らかな作品だ。またモダンな女性像も得意とした吉岡堅二(1906~90)が描いた《椅子による女》(1931)は、青色の洋装の女性が芝生の庭でパイプ椅子に腰をかけ、涼やかで洗練された情景。なお、本作はアートディレクター葛西薫とコピーライター安藤隆によって制作された展覧会告知ポスターに使われ、本展を的確に象徴するものとなっている。

  ■デザイナーとのコラボレーション
  本展の特徴は第2に、デザイナーとの共同作業が功を奏したことだ。
「海外のモダニズムの刺激」を探る章では、作品セレクションと会場構成をインテリア・デザイナーの中原慎一郎(ランドスケーププロダクツ代表)が行った。ここでは、上述した吉岡堅二の《椅子による女》の近くに、画に描かれたパイプ椅子と似たマルセル・ブロイヤー(1902~81)が制作した《クラブ・チェア B3(ワシリー)》(1927)を展示。その元となった木製のブロイヤーの《肘掛け椅子》(1922~24頃)も出品されている。彼の一連のメタルパイプの椅子は軽量で分解可能、また安価で衛生的で耐久性があると、その機能性を高く評価された。ブロイヤーは1919年に創立したドイツの建築教育の総合学校バウハウスで活躍したデザイナー。バウハウスの家具は大量生産され、強靭な素材を理知的に構成するのが特徴だ。一方、フランス、パリの《ガラスの家》の建築設計で有名なピエール・シャロー(1887~1950)がデザインした《フロアー・スタンド 修道女》(1923)や書架机(1930頃)も出品。こちらは高価な素材を使い手仕事中心にした、直線と立体の知的な構成をとるアール・デコの家具に入るものだ。それらとともにオーストリア出身でイギリスに亡命した陶芸家ルーシー・リー(1902~95)によるシンプルな造形の《コーヒー・セット》(1960頃)や《青釉鉢》(1978)なども置かれ、興味深い。

  さらに「工芸作品のある暮らしがひらく未来図」を探る章では、布づくりから行うファッション・デザイナーの皆川明(ミナ ペルホネン代表)が、自身のデザインしたテキスタイルに呼応する工芸作品をセレクションし、両者を組み合わせて展示した。前大峰(1890~1977)の《沈金蝶散模様色紙箱》(1959)は漆黒の漆面に沈金刀で溝を掘り金で模様を描く「沈金」で描かれた舞う蝶の作品。青地のシルク混の綿地に様々な色の刺繍で描かれたミナ ペルホネンの《sky flower》(2012、株式会社ミナ所蔵)がそれに並ぶ。また、陶芸家の富本憲吉(1886~1963)による青色の格子が長方形の箱をめぐる《色絵染付菱小格子文長手箱》(1941)とミナ ペルホネンの《before》(2009、株式会社ミナ所蔵) の深い青色の作品が近くに置かれる。組み合わされた作品は、相談しながら制作したのではないかと思わせるくらいに共鳴しあっている。そのことに驚嘆させられ、楽しい気持ちになる。

  工芸とは、用と美、つまり実用的な価値と美的価値とを兼ね備えた造形である。日本の工芸は、世界でその芸術性の高さから単にCRAFTという言葉に置き換えられないものとの評価を得ていて、近年はKOGEIとして世界に発信する動きがあるようだ。本展覧会で100年近い近代KOGEIの優品を廻るなかで、現代の我々の生活における美意識とのつながりを体感すると同時に、KOGEIを深く知りたいとの思いを強くした。  

【参考文献】
1)東京国立近代美術館(唐澤昌宏・諸山正則・今井陽子・木田拓也・北村仁美・内藤裕子)編集:『新版 近代工芸案内 名品選による日本の美』、東京国立近代美術館 発行、2015年。

執筆:細川いづみ (HOSOKAWA Fonte Idumi) 
(2016年1月)


※会場内の風景画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。

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写真1 会場風景。手前から、マルセル・ブロイヤー《クラブ・チェア B3(ワシリー)》、1927年、東京国立近代美術館所蔵。
吉岡堅二《椅子による女》、1931年、東京国立近代美術館所蔵。
(撮影:I.HOSOKAWA)

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写真2 志村ふくみ《紬織着物 水煙》、1963年、東京国立近代美術館所蔵。

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写真3 会場風景。岩田藤七《水指 彩光》、1976年、東京国立近代美術館所蔵。(撮影:I.HOSOKAWA)

【展覧会英語表記】
Longing for Modernity: The 1920s -2010s from the Crafts Gallery’s Collection
【会期・会場】

2015年12 月23日~2016年2月21日  東京国立近代美術館工芸館
<電話> 03-5777-8600(ハローダイヤル) 
【展覧会詳細】http://www.momat.go.jp/

※本文・図版とも無断引用・無断転載を禁じます。


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