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はじまり、美の饗宴展 
すばらしき大原美術館コレクション

倉敷にある大原美術館のベストコレクション。多様性にも驚く。

  ■西洋美術を公開展示する「はじまり」の場所
  岡山県倉敷市にある大原美術館は1930年、日本で初めて西洋美術を紹介する本格的な美術館として、倉敷の実業家である大原孫三郎(1880~1943)によって創設された。基軸となるコレクションは、彼と強い信頼関係にあった一歳年下の岡山県出身の画家・児島虎次郎(1881~1929)が欧州で収集した作品だ。社会事業にも熱心だった大原孫三郎は「日本の芸術界のために最も有益なる次第にて…」との児島虎次郎の懇願に応え、財を投じ支援した。孫三郎は美術がもつ社会的意味を重視したのだった。大原美術館は虎次郎が47歳で亡くなった翌年に開館。その後も代々孫三郎の理想を引き継ぎ、そのコレクションを拡大してゆく。大原美術館所蔵のエル・グレコ(1541~1614)の《受胎告知》(1590頃~1603)(※以下、作品はすべて大原美術館蔵)を初めとする傑作群をみるために、毎年国内外から多くの人が倉敷を訪れる。

  現在、そのベストコレクションとして選ばれた約150点が、東京の国立新美術館にやってきている。大原美術館で常時展示している作品が多いが、印象が少し異なる。倉敷だと、ギリシャ式神殿のようなファサードの本館に西洋美術、分館には日本美術というふうに点在する建物を巡りながらの作品鑑賞になる。しかし本展覧会では作品がまさに一堂に会したことで、大原美術館コレクションの、古代から現代美術に至るその多様性が際立ってみえる。その全体像にも驚嘆させられた。

  ■展覧会構成
  本展は、以下の7つの章から構成される。第1章 古代への憧憬/第2章 西洋の近代美術/第3章 日本の近代洋画/第4章 民芸運動ゆかりの作家たち/第5章 戦中期の美術/第6章 戦後の美術/第7章 21世紀へ

  ■古代の美術
  会場に入ると、最初の部屋でエジプト時代の《猫像》(末期王朝時代:紀元前664~紀元前335/34頃)が両脚を前に伸ばして座るブロンズ像に対面した。当時は愛、陶酔、快楽、家内安全などを司るバステト女神が顕現したものとしてネコは崇拝された。エメラルド色の地に可愛らしい鳥や植物が描かれたファイアンス製の《花鳥文蓋付容器》(中王国時代 第12王朝後期:紀元前19世紀頃)も、片手を目の前に掲げ哀悼のポーズをする《女神イシスまたはネフティス像》(プトレマイオス朝時代:紀元前305/04~紀元前30頃)も古代エジプト時代の遺物だ。一方、天板に虎が付いた釣鐘形の楽器《錞宇 虎形紐》(東周~漢時代:紀元前770~紀元後220)や白大理石から彫られた《白玉弥勒仏倚坐像》(天保3年:522年、北斉時代)などの古代中国の名作もみられる。また白地に青、緑、黒、赤で愛嬌のあるトルコ風衣裳をまとった二人の人間と、植物文様を描いたトルコのオスマン朝時代の皿《白地多彩人物草花文皿》(16世紀末~17世紀初期)や、様々な形の壺などオリエントの名品も並んでいる。

  大原美術館というと西洋近代美術のイメージが強いが、それが一新される思いがした。エジプトとオリエント美術は児島虎次郎が西洋美術とともに最初期から収集し、古代中国美術のほうは児島が個人コレクションとして集めたものという。

  ■エル・グレコ《受胎告知》と西洋近代美術
  次の部屋では、最も有名なエル・グレコ《受胎告知》がじっくりみられるように工夫されている。大原美術館がもつ唯一のオールドマスターによる絵画(18世紀以前のヨーロッパ絵画の古典作品)である。日本に所蔵されているが奇跡的ともいわれている。エル・グレコは同主題を十数点描いたが、本作は雲に乗って突然現れた天使と鳩に驚くマリアの姿を、限られた要素で主題を明確に表現した独特の作品。強い印象を残す。児島虎次郎が1922年にパリの画廊でみつけたものだ。

  続いて19世紀後半から20世紀前半までの西洋絵画が並ぶ。ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ(1824~98)やギュスターヴ・モロー(1826~98)ら象徴主義、またクロード・モネ(1840~1926)やピエール=オーギュスト・ルノワール(1841~1919)ら印象派、ポール・ゴーギャン(1848~1903)やポール・セザンヌ(1839~1906)らポスト印象派、そして抽象絵画へと、教科書などでも馴染み深い錚々たる作品ばかりだ。その中に亜麻色の髪を梳かしてもらいながらこちらを向いて座る女性を描いた楕円形の優美な作品がみえる。フランス画壇で活躍したエドモン=フランソワ・アマン=ジャン(1860~1936)の《髪》(1912頃)である。これは児島が最初の渡欧時に大原孫三郎に購入を願い出て帰国時に持ち帰った大原美術館コレクションの「はじまり」である。また、青色の水面に浮かぶ睡蓮と、池に映る木々や光が描かれたクロード・モネの《睡蓮》(1906頃)は、児島が直接モネを訪ねて購入を頼み、再訪時に幾つかの候補作から選んだ作品だ。

  ■日本の近代洋画
  3度渡欧して作品を収集した児島虎次郎は、実力のある画家でもあった。彼の《和服を着たベルギーの少女》(1911)は、紫地で赤い絞りの着物に橙色の帯を締めたベルギーの少女が窓からの光を浴びながら室内に立つ姿を大画面に描いたもの。本作はユニークな主題、鮮やかな色彩と勢いのある筆触によって強く訴える。1908年パリに到着し1909年よりベルギーで学んだ児島の力が発揮された。フランスの国民美術協会展初入選の作品とされる。

  大原孫三郎の長男である大原總一郎(1909~68)は、1940年に家督を譲られ、1943年に死去した父の諸事業を継いだ。美術館の活動は「美術館は…常に生きて成長していなければならない」との考えのもとで精力的に行った。第二次世界大戦後すぐ1945年12月には美術館を再開。1951年のマティス展をはじめとする幾つかの巡回展を受け入れ成功させた。そして1951年より日本の近代洋画を集中的に収集し、1961年にはそれらを展示する新館(現在の分館)も増設した。

  20歳で夭折した関根正二(1899~1919)の代表作《信仰の悲しみ》(1918)は5人の女性が花を手に歩く幻想的な作品。總一郎のお気に入りだった。また、小出楢重(1887~1931)のデビュー作《Nの家族》(1919)は、暗い画面に画家の家族を、セザンヌ風の静物、ホルバインの画集、自身の自画像とともに堂々と描いた。両作品とも重要文化財である。独創的な表現に富む。一方、藤田嗣治(1886~1968)の《舞踏会の前》(1925)は、布と壁を背景に様々なポーズをする7人の「乳白色の肌」の女性の群像で、圧倒的な存在感だ。昨年2015年に修復が完成した。

  ■民芸運動ゆかりの作家
  大原孫三郎および大原總一郎は、民芸運動と深い関係をもった。民芸運動とは、思想家である柳宗悦(1889~1961)が大正時代末期、それまで誰も顧みなかった無名の職人の手になる日常の道具に驚くべき本来の美を見出し、民芸(民衆的工芸品)と名付け、それを広めようとする活動であり、柳とともに濱田庄司(1894~1978)らが運動の担い手となった。柳は稀有な直感で日本全国や諸外国から蒐集した民芸を収蔵・展示するために、1936年に日本民藝館を東京の駒場に開設するが、これは孫三郎の出資によるものだった。一方、總一郎は1961年と1963年に大原美術館に、民芸に関わった作家たちの展示施設を開館(現在の工芸館)し、自身と父のコレクションを寄贈した。

  本展でも民芸に関わった6人の作家― 濱田庄司、バーナード・リーチ(1887~1979)、富本憲吉(1886~1963)、河井寛次郎(1890~1966)ら陶芸家、そして版画家の棟方志功(1903~75)および染織家の芹沢銈介(1895~1984)の重要な作品が展示されている。倉敷の大原美術館工芸館は江戸時代の米蔵を芹沢がデザインした建物で、空間自体の深い味わいも魅力だが、本展では特に陶芸について作家を比較しながらみられる面白さがある。棟方志功の代表作『二菩薩釈迦十大弟子板画柵』(1939)は版面ぎりぎりまで彫られ、紙から飛び出さんばかりの白黒の力強い造形。それが国立新美術館の白壁に12点並ぶ様は壮観である。

  ■戦中から戦後の作品
  大原總一郎は1950年代後半にアンフォルメル系の作家の作品、アメリカの抽象表現主義やポップアート、さらに1960年代にかけて日本の先鋭的な作品の収集を進めた。なお、アンフォルメルとはフランスの美術評論家ミッシェル・タピエ(1909~87)が唱導した型破りな抽象絵画の動向。タピエは1957年に来日し、日本でもアンフォルメル旋風が起こった。

  本展には、アンフォルメルの先駆的作家といえるジャン・フォートリエ(1898~1964)の戦時中の作品《人質》(1944)が出品されている。ドイツのゲシュタポに逮捕され、凄惨な場面を目撃した彼の経験をもとに力強い筆致で描かれた黄色の横顔は、みる者の胸に深くささる。また、4m近くの横長の画面に青、黒、緑などの曲線が勢いよく動き、海や空などの自然の息吹を感じさせる豪快で澄み渡った作品は、堂本尚郎(1928~2013)の《集中する力Ⅰ》(1957)だ。彼がアンフォルメルに加わった頃に制作された。一方、1996年より制作を続けた「日付絵画」で有名な河原温(1933~2014)の《黒人兵》(1955)は、変形のカンヴァスに靴の底が大きく描かれ、極端な遠近法が使用された。河原が23才のときの作品で、彼にとってのはじめてのパブリック・コレクションが大原美術館となった。

  ■21世紀の美術
  会場を進むと、さらに面白い展開がある。福田美蘭(1963~)の《安井曾太郎と孫》(2002)は、室内で絵画制作中の和服の画家を、そのキャンヴァスをのぞくモデルとなった孫娘とともに描く。すぐ横に、もとになった安井曾太郎(1888~1955)の《孫》(1950)が並べて置かれる。福田の作品では、安井の変形や強調の手法をとりいれ、絵画批評と再構築を行うなかで、絵画とは何かを考えさせる。本作は、大原家の旧別荘である有隣荘で行われた展覧会で発表された。大原美術館では2002年より有隣荘にて現代作家の展覧会を開催している。
 
  245×737cmの巨大な横長の画面にイタリアの建築物や爆発する噴煙、そして小さな日の丸などが、おもに墨や胡粉などで描かれたモノクロの作品は、三瀬夏ノ介(1973~)の《君主論―Il Principe―》(2007)だ。和紙を支持体とし、沢山のパーツをつないで構成。これは、大原美術館で2005年から始まった事業ARKO(Artist in Residence Kurashiki, Ohara)によって、三瀬が倉敷に滞在して制作して公開された作品だ。

  大原美術館では、有隣荘の展覧会やARKOに加え、2007年からはAM倉敷としておもに映像や身体表現の作家に、倉敷で取材した作品を公開することも実施。理事の大原謙一郎(1940~)のもと、大原美術館は21世紀にも新しい事業も行うなかで現代美術コレクションを広げている。本展でも多くの意欲的な作品により美術の新しい地平を知ることができる。

  ■美術館をとりまく状況
  先述したように大原美術館は、西洋美術を本格的に公開展示する日本で初めての美術館で、1930年(昭和5)に開館した。ところで当時の日本の美術館や博物館はどのような状況だったのだろう。博物館としては、明治時代の1872年(明治5)に東京国立博物館が開館し、続いて1889年(明治22)に京都国立博物館と奈良国立博物館が開館。一方、日本最初の私立美術館は、1917年(大正6)に開館した大倉集古館だった。大倉財閥の祖であった大倉喜八郎の収集した東洋・日本美術を収蔵する。近代美術館としては、第二次大戦後の1951年に神奈川県立近代美術館、1952年に東京国立近代美術館が開館。また1952年にはブリヂストンを創業した石橋正二郎がブリヂストン美術館を開館する。そして1959年に国立西洋美術館が開館している。その収蔵作品の中心は川崎造船所(川崎重工の前身)の初代社長だった松方幸次郎の松方コレクションだった。このようにみると、開館も作品収集についても大原美術館の活動の早さにあらためて驚かされる。

  本展は、倉敷の大原美術館を訪れたことのあるかたにとっても新たな鑑賞体験といえるだろう。多くの方々にご覧いただきたく思う。なお、これほどの傑作群が東京に出品されてしまったあとの倉敷の大原美術館はどうなっているのだろう、との声も聞かれるようだが、本展開催中は、通常みられない貴重な作品が倉敷では展示されていて、そちらもまたとても面白い、とのことである。

【参考文献】
1) 国立新美術館 長屋光枝・瀧上華・岩﨑美千子、大原美術館 柳沢秀行・吉川あゆみ 編集:『はじまり、美の饗宴展 すばらしき大原美術館コレクション』(カタログ)、学研G-ART PROJECT 編集人、NHKプロモーション 発行 、2016年。
2) 大原美術館 監修:『大原美術館で学ぶ美術入門』(JTBキャンブックス)、JTBパブリッシング、2006年

執筆:細川 いづみ (HOSOKAWA Fonte Idumi) 
(2016年2月)


※会場内の風景画像は主催者側の許可を得て撮影したものです。

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写真1 会場風景。
エル・グレコ《受胎告知》、1590頃~1603年、109×80.2cm、油彩・カンヴァス、大原美術館所蔵。
(撮影:I.HOSOKAWA)

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写真2 会場風景。左から、
トルコ、イズニク《白地多彩人物草花文皿》、16世紀末~17世紀初期、
h.5.5cm、d.29.4cm、陶器、大原美術館所蔵。
イラン《刻線花文碗》、17世紀、h.5.5cm、d.12.5cm、陶器、大原美術館所蔵。
(撮影:I.HOSOKAWA)

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写真3 会場風景。左から、
小出楢重《Nの家族》、1919年、78.0×90.5cm、油彩・カンヴァス、重要文化財、大原美術館所蔵。
関根正二《信仰の悲しみ》、1918年、73.0×100.0cm、油彩・カンヴァス、重要文化財、大原美術館所蔵。
(撮影:I.HOSOKAWA)


【展覧会英語表記】
THE BEST SELECTION OF THE OHARA MUSEUM OF ART
【会期・会場】
2016年1月20日~4月4日  国立新美術館
<電話> 03-5777-8600(ハローダイヤル) 
【展覧会詳細】http://www.hajimari2016.jp

※本文・図版とも無断引用・無断転載を禁じます。


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